2003/6/29
書体をめぐる雑記

モリサワの太ミン(OCFフォントのプリンター用書体)を見つけ、安価に購入することができた。これで我が家のプリンターにモリサワ基本7書体がそろった。私が集め出したのはNew CIDフォントがすでに販売されてからなので、いずれの書体も数千円で入手している。一昔前なら手が出せない値段だったことを思えば、時代に取り残されるのもいいものだ。もっとも、私にはリュウミンL-KL太ゴだけで事足りるのだが。

ひさしぶりに朗文堂のサイトを見ていて、Sさんから教えていただいていたOptima Novaなどのライノタイプ改刻書体が販売開始されていることを知る。私はSabonのような控えめな書体が好きなので、Sabon Nextには心引かれるものがある。しかし1155ドルとは強気な価格設定だ。PDFへ埋め込む際にも制約条件があったりして、個人利用者が買うべきものではなさそうである。これにくらべれば、プロ仕様の和文書体が数万円で買える我々は恵まれている。

もう少し身近な書体としてAdobe Type Classics for Learningは教育関係者限定だが、欧文400書体+和文26書体で11,500円と、かなりお買い得感がある。TeX環境でOpenTypeの欧文を自在に扱うノウハウを私はまだ身につけていない(Omegaで扱う試みはなされているらしい)が、いずれは試してみたい製品だ。

ところでWindows版のdvipdfmxにはTrueType書体を埋め込む機能があるが、このときにダッシュ記号(――)が短くなったり表示されなかったりするという問題を奥村先生の掲示板で読んだことがある。それはたしかに我が家でも再現されて、ついでに「……」も同様になることを確認した。ユニコードが絡んでいるのはまちがいなさそうだが、Windows版のdvipdfmxにかぎったことなのだろうか。

2003/6/21
GNU TeXmacs for Windows

岩永恭雄『代数学の基礎』(2003年、日本評論社)はTeXで組まれている。わりと基本的な組みかたで、古いdvipskを使っているために文字が一部ずれている点を除けば、それほど読みづらくない。ただし、Computer Modern Romanが妙な感じがする。

しばらく経ってから、同書で使われているのがCMR9であることに気がついた。CMR10にくらべて扁平なので、それで気になったようだ。CMRは10が標準的な大きさとして作られているはずで、和文が9ptであってもCMR10をあてたほうがいいのではないかと思える。奥村先生のjsクラスファイルはmag命令で拡大縮小されるようになっていて、私はそれがあまり好みではなくて使っていないのだが、このような場合には有効活用できると考えを改めた。

2003/6/21
井上陽水『Blue Selection』評

守屋浩の「夜空の笛」が収録されているCDを探しに近所の貸しCD屋に行くが、見つけられない。手ぶらで退散するのも癪なので、井上陽水Blue Selection』(2002年)を借りてきた。ジャズ風アレンジによるセルフカバー集だそうだ。

雰囲気は、同じセルフカバー集である『ガイドのいない夜』(1992年)に近い。ピアノ伴奏の歌を聴きたいと以前に書いたことがあり、その希望は少しだけ叶えられた。ジャズ風とはいっても陽水が歌うと陽水にしかならないのはわかりきっているから、どこがジャズなんだと突っ込むのは野暮な話だ。

今回はアップテンポの曲のほうが成功している。「飾りじゃないのよ 涙は」と「ワカンナイ」は元を超えていると思う。特に「ワカンナイ」はよい。ほかはどっこいどっこい。「鍵の数」や「カナリヤ」「灰色の指先」など、以前から気に入っていた曲が収録されているのは嬉しい。

なお、「夜空の笛」だけでなく「僕は泣いちっち」「有難や節」などのヒット曲が収録された安価なCD(コロムビア音得盤シリーズ)が出ていることを後に知った。1,000円ていどだから、借りる手間を考えたら買ったほうが安い。このシリーズはほかに藤山一郎・美空ひばり・舟木一夫などなど50名近くのヒット曲がそろっている。


2003/6/15
GNU TeXmacs for Windows

まだ開発版ではあるが、GNU TeXmacsWindows 32 native版(≠Cygwin版)が入手できるようになっていた。それなりに動作する。

2003/6/14
パソコン故障月間/Lavie M LM500/3E評

5月はパソコンまわりの故障が相次いだ。自宅では、まずPowerMac G4(Yikes!)に内蔵していたハードディスク(Seagate、Barracuda ATA IV、ST380021A)が故障した。7200rpmのものをスマートドライブに入れていたのが悪かったか。かわりにMaxtorのDiamondMax 16 4R080L0(5400rpm)に買い換えて、いまのところ順調に動いている。速さに関しては気にしていないものの、「デジタル雑記」によればBarracuda IVよりも速いという。

つぎにノートPC(日立、FLORA 220FX NP3)に目を向ける。ACアダプターが故障したのち、キーボードの一部キーが反応しなくなり、さらにトラックパッド表面の膜が剥げた。ACアダプターは注文して購入したが、残りは予備機と部品を交換し、傷だらけになった予備機を修理に出す。その請求が7万円だったので修理はキャンセルさせてもらい、中古品を買って部品とりに使った。これでFLORA 220FXは3台目だ。

妹宅でもUMAX Apus 2000が起動しなくなったとの話を聞く。確かめてみるとロジックボードごとダメになっていたので、これまた中古品を近所の店にて9,800円で購入。CPU・メモリー・HDD・ビデオカード・LANカードを付け替えて動作確認をする。電源ファンも交換したかったのだが、そこまで時間がとれなかった。日を改めて実行しよう。なお、ハードディスクの音がだんだんうるさくなってきているのが不安だ。

1997年以来第一線にあったApusもそろそろ控えにまわるときだろう。折しも妹は論文書きのためのノートPCを所望していたので、候補を検討する。12.1インチのB5ファイル判がいいそうだ。探していると、昨年5月に販売が開始された日本電気のLaVie M LM500/3ENECのページ)が目につく。Pentium III 1GHz、コンボドライブ、無線LANあたりは常識的だが、Windows XP Professionalを搭載しているあたりがポイントだ。秋葉原の現金問屋で147,000円で出ていたことから、購入決定とあいなった。

一晩預かって必要な設定をしているあいだに気が付いたことを以下に記しておく。まず、筐体そのものはけっこうごつく、PowerBook G4 12インチよりもわずかに小さいくらいだろう。意外なことにPCカードスロットが2本あるほか、コンポジットビデオ出力端子まである。ハードディスクの脱着はネジ一本で行なえ、望ましい。

動作音はなかなか静かだった。ためしにDVDを再生させてみたが、なめらかに表示されるものだ。ステレオスピーカーを搭載しているから、音質はノートパソコンとしては良好な部類だろう。液晶の画質は輝度も十分で、不満はない。Windows XPは休止時間からの復帰が速いので、あるていど高速なCPUなら乗り換えられるだろう。

標準添付ソフトはメーカー品のご多分に漏れず数多い。不要なものをあれこれ消していくうちに、Apache Webサーバーまで組み込まれているのに驚く。ワープロ関係はOffice XPがあるから大丈夫だろう。ほかにメーラーとしてEdMax Free版を、さらにエディターと圧縮・解凍ソフトをインストールしておく。

ただ1点不満があるとすれば、それは変形サイズになっているキーボードだ。よく使うキーでフルピッチを実現したかったのか、周辺のキーや数字キーなどの大きさが小さくなっている。私にとっては大きな不満だ。18ミリピッチで統一すれば問題ないと思われる。この点だけが惜しい。

検索していたら、偶然にも沖電気のノートPC用キーボードのページが出てきた。「お客様の仕様に合わせたカスタム製品のご提供も可能です」とあるけれど、個人向けにもカスタマイズされたキーボードを作ってくれるとおもしろいなあ。


2003/6/8
mathabxのつづきとMetaType1

むかし、TeXtraceを使ってmathabxのMetafontソースからType1書体を生成したことがあった。そのType1書体を使っていると、歪みが気になることがある。たとえば等号(=)は上下で太さが異なっているように見える。

気になってきたのでPfaEditを使って生成されたType1書体を見て、制御点の多さに驚いた。PfaEditには無駄な制御点を取り除く機能があるけれど、それを実行しても円に6つも制御点が残ったりする。のみならず、直線――特に斜め線に至っては直線になっていないものもある。とりあえずヒントを自動的につけると等号は整って印刷されるようになったが、本意ない気分が残った。念のために、以上のように少しだけ調整したmathabxのType1を置いておく。

多少の歪みは、TeXtraceがautotraceを使って近似によりType1書体を生成しているため避けられない。筋としては、ここからPfaEditを使って視覚調整を行なうべきだ。しかしながら、mathaはComputer Modernと同じように寸法ごとに書体が生成されているから、これら全部に対して手作業を行なうのは想像するだけで嫌になる。

理想としては、Metafontのソースそのものを利用してType1書体を生成することだろう。「Conversion of TeX fonts into Type1 format(PDF)」「MetaType1: a MetaPost-based engine for generating Type1 fonts(PDF)」を読み、mathabxのような記号書体にはMetaType1が向いているかもしれないと思う。

MetaType1がMetaFogと似ているのは、MetaFontの曲線を曲線としてType1変換するためにMetaPostを使っている点だ。ただし、MetaFogがこの変換作業を半ば自動的に行なってくれる(といってもMetaPostで通らなかったらアウトなのだが)のに対して、MetaType1では作業者の手でMetaFontソースをMetaPostソースに書き換えてやる必要がある。いくつかの支援環境は用意されているが、基本的には手作業になろう。

2003/6/6
抑鬱者のリアリズム

教育心理学の講義を履修している。心理学で私がおもしろいと思うのは理論そのものより実験方法なのだが、「抑鬱者の現実主義的傾向」と題して紹介された実験(Alloy and Abramson, 1959)もおもしろかった。

部屋にボタンとランプがある。被験者として健常者群と抑鬱者群とを用意し、ボタンを押してもらう。このとき、実はランダムにランプは点いたり点かなかったりする。その後、被験者はボタンを押したときにランプが点く可能性について聞かれる。

結果、ランプが点く確率が低く設定されているときには、健常者も抑鬱者も似たような認知を示す。ところがランプが点く確率が高く設定されているときには、実際にはランダムであるにもかかわらず健常者は「自分がボタンを押したからランプが点いたのだ」と考える傾向を示す。いっぽうの抑鬱者は、ランダムさを正しく認知している。つまり、抑鬱者のほうが現状を正しく認識している、という常識とはやや外れる結果が出てしまう。この結果は論争を巻き起こし、決着はついていないそうだ。

上の話を聞いていて連想したことがいくつかあって、ひとつは芥川龍之介の「侏儒の言葉」だ。人生は博打に似ているから博徒は人生を愛しているのだろう。それが証拠に博徒の自殺など見たことがない――というような内容の文章で、たしかに上のような幻想があればこそ博打に励めるのであって、抑鬱者の博打打ちというのは相当に珍しかろう。

もうひとつは社会変革についてで、民主的な変革は何らかの過大幻想が共有されているときにはじめて起こるのかもしれない。投票を促す文句でも「1票では何変わらないと思って行動しなければ、それこそ何も変わらない。だから投票せよ」という類のものがある。これについても、変わらないと思うのはおそらく正しい現状認識なのだが、それが積み重なると社会的に望ましくない状況になりうる。

2003/6/1
TeXの縦組(縦書き)と二重引用符“”

先達のKさんからLaTeXの質問を受ける。(1)縦組にしたときの全角二重引用符“”が正しく組まれない問題、(2)全角の感嘆符・疑問符のあとに自動的に挿入される空白を抑制したいという問題。私はLaTeXには興味があるけれど縦組の周辺にはほとんど関心がないので、以下に記す解答例よりもいいものがある公算が大きい。

(2)のほうはわりと簡単で、一時的には空白のあとに\inhibitglueを書けばいい。全体に関してそうするには、JFMをいじるのだろうか? 特定の文字全般に対して\inhibitglueする方法は知らない。

(1)は、最終出力によって結果が異なる。仮にdvipsを通すのであれば、その段階で全角二重引用符はヒゲ括弧(ダブルミニュート)に置換されるから、dviwareでの見た目は気にせず“”のまま使っておけばいい。問題はdviwareからそのまま出力する場合で、そのために以下のような例を用意してみた。

\documentclass{tarticle}
\usepackage{graphicx}
\begin{document}
\def\lqq{\inhibitglue \kern.65zw\raisebox{.5zw}{”}\kern-.15zw}
\def\rqq{\kern.5zw\raisebox{-.5zw}{“}\inhibitglue}
\def\lqqq{\inhibitglue \rotatebox{180}{\kern.5zw\raisebox{-.5zw}{“}}}
\def\rqqq{\rotatebox{180}{\kern.5zw\raisebox{.5zw}{”}}\inhibitglue}

それは分布の“独立性”を仮定している。

それは分布の\lqq 独立性\rqq を仮定している。

それは分布の\lqqq 独立性\rqqq を仮定している。
\end{document}

上をタイプセットしてdvioutで見てみると、一応どれもマトモっぽく見える。ところがdvioutからの出力では、\rotateboxを使った\lqqqがとんでもなく横にずれてしまう。何か理由があってのことと思うが、いくつか参考にした記述(その1その2その3)にリンクを貼るだけで深く考えないことにする。

上を書き終えたあとで、「約物に強くなる(2)――『文系な』あなたに贈るパソコン使いこなし講座」を見かけた。dvioutだけを考えるならNEC外字を使っても問題ないから、ダブルミニュートをそのまま使ってしまう手もあるようだ。ただしこの場合には本文で指摘されているとおり、書体によって出力が異なるので注意が必要となる。特にMS明朝をしていしていると、レーザープリンターでは内蔵書体に置換されることがあるから気をつけたい。ヒラギノ明朝を使っていれば安全か。