2002/10/29
DVD価格差

DVDにはリージョン(地域)コードがある。北米は1、日本・欧州は2だ。そして、ソフトと再生機とのリージョンコードが一致していないと、再生することができない。だから、米国のDVDソフトを購入して日本のDVD再生機で再生することは、基本的には行なえない。目にするところによれば、ハリウッド映画が日本封切り前に米国内でDVD化された場合、勝手に輸入されて観られると日本での興行収入に打撃を与えて困る、という営業上の理由から設置された仕様らしい。

しかし現実には、リージョンコードを変更できる再生機がある。多くの場合には改造を要するが、中には裏機能として故意に変更できるようになっている機械も存在する。私が使っている安物のDVD再生機もそのひとつで、リモコンから簡単にリージョンコードが変えられる。ただし、この機能を私自身が利用することになるとは考えてもみなかった。使うようになったのは、以下の経緯による。

とある理由から、DVDの『シャーロックホームズの冒険』に米国版はないかどうか探してみたくなった。米国のDVD販売店というとamazon.comくらいしか知らないので、そこで検索を行なう。そして結果に衝撃を受けた。

The Adventures of Sherlock Holmes
       (Boxed Set Collection) (1983)
List Price:   $59.98
     Price:   $44.99
  You Save:   $14.99 (25%)

45ドル。この5枚組のDVDボックスには、『ホームズ』の第1シーズン13話が収録されている。それが45ドル。日本語版でこれを集めるとなると、最大限の値引き(20%引き)で買ったとしても税抜きで2万円近く、消費税を入れると2万円を超える。それが45ドル。圧倒的な価格差だ。

前にも触れたとおり、実はNHKの日本語吹き替え版は毎回18%ほどカットされた短縮版である。削られた部分は事件の内容とは関係ないものの、ホームズとワトソンとのかけあいとか、二人が腕を組んでロンドンを歩いている場面とか、二人で水タバコを飲んでいる場面とか、楽しめること請け合いの映像だ。たしかに露口茂の声は惜しいけれども、『ホームズ』ファンにはグラナダTVの完全版を見ることを強く勧める。そして英語でもよいなら(日本語字幕が不要なら)、米国版を購入するほうがずっと安上がりである。

もっとも、日本版のほうが高くなること自体は変な話ではない。第一に吹き替えのコストがある。また、『ホームズ』日本版は日本語吹き替え版をベースに、カットされた部分だけを英語(日本語字幕)で再生するという芸当も行なえるなど、凝ったつくりになっている。だから納得がいく。もっと驚いたのは次の国産作品だ。

Seven Samurai
     - Criterion Collection (1956) 
List Price:   $39.95
     Price:   $29.96
  You Save:   $9.99 (25%)

なるほど侍(samurai)は単複同形なのか、フランス語では複数形にするけどなあ――という話ではない。価格を見てほしい。『七人の侍』は2002年10月25日に日本でもDVDが販売されたが、定価8000円である。日本版にはさまざまな特典がついているらしいが、純粋に映画の中身が見たいのであれば、米国版で十分に間に合う。これは「休憩」まで含まれた完全版で、音声も日本語。字幕をオフにすれば、英語字幕も出ない。(もっとも、英語字幕を表示させるのも一興だ。「長いものには巻かれるだよ」という農民のセリフは、どう英訳されるだろうか。)

あちらでは、日本映画がわりとDVD化されている。映画だけではない。アニメもだ。とくにアニメはリージョンコード0(無制限)になっているものがある(いま確認したら『うる星やつら2』はそうだった)ので、米国版を買う上での制約はまったく存在しない可能性がある。DVDを購入する前には、米国版がないか確かめたほうがよさそうだ。

2002/10/23
2002年の暖房器具

冬場の暖房には、備え付けのガスエアコンとスチーム式の加湿器とを併用している。ガスエアコンの暖房能力は強力で、また2001年に加湿器を導入してからは喉が楽になった。現在の環境にはおおむね満足している。

しかしながら、いくつかの問題がある。第一は、その光熱費である。下に、過去3年間の冬場の光熱費を掲げておいた。(比較のために11月分も掲載している。)毎年、ガス代がピークで1万円近くに達し、7000円台はざらである。しかも2000年度2月からは加湿器のために電気代まで高騰している。ガス+電気で1万1000円〜1万5000円というところか。

                   11月   12月    1月    2月    3月
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  1999年度 ガス   2,296  6,074  9,175  8,403  8,403
           電気   3,375  3,329  4,215  3,844  3,588
  2000年度 ガス   3,571  7,229  7,029  9,315  7,775
           電気   4,139  3,201  2,626  4,190  5,111
  2001年度 ガス   4,620  6,501  9,274  8,456  5,884
           電気   3,724  4,817  5,808  5,227  4,369
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  2002年度 ガス   3,742  3,742  4,779  8,697  8,697
           電気   6,161  7,073 11,666  5,445  3,535

第二は、エアコンから吹き出す温風だ。うちは六畳一間で布団を敷くのだが、寝ているときに温風が頭に直接あたるかっこうになる。寝る向きを変える手もあるのだが、そうすると北枕になってしまう。(窓が南にしかないので、北枕だと朝日で目覚めることができない。)また、喉があまり強くない身にとっては、温風で埃が舞うのも好ましくない。そのため、代替となる暖房器具をさがしていた。

最初に考えたのが伊・デロンギ社のオイルヒーターだった。『通販生活』が積極的に売り込んでいる。ところが、この機械は消費電力が1kWを超える。1.5kWでブレーカーが落ちる家で、たった1つの機械だけで1kWを消費すると生活に支障をきたす。電気代も心配で、安上がりになりそうにない。

そのあとで発見したのが、遠赤外線ヒーターだ。中でも、新聞の広告面で見つけた「サンルーム550N」にはかなり引かれた。(2002年2月22日の日記を参照。)550W/380W切り替え式なら、電力容量の小さい我が家でも置ける。悩むこと2分、購入を決意した。

遠赤外線で温める――などと聞くと進んだ話(あるいは胡散臭い話)のように聞こえるが、日本では古くからこの方式の暖房器具が使用されていた。火鉢だ。サンルームは、言ってみれば電気式の火鉢である。ただし、全方位に放射する火鉢とちがって、サンルームの放射には指向性があるから、どちらを向けて温めるか注意しなくてはならない。赤外線を通すようなもの(たとえばガラス)に向けると輻射熱の効果が得られない。

我が家にはバイオライトというもうひとつの熱源があるので、現在のところ室温が20度を下回っていない。本格的に使いはじめてから感想を述べることとしよう。

追記031125。この計画は失敗だった。購入後2カ月でこのことに気がつき、Yahoo! オークションで売却した。したがって、2002年度の2月・3月は昨年度までとほとんど変わらぬ結果となった。結局言えることは、ガスのほうがいいということだ。


2002/10/17
不要になった徳目

教職の授業はつまらないと信じていた。実際、夏学期に履修した授業は空前絶後のつまらなさだった。しかし、今学期の教職の授業は当たりだったようだ。特に、「道徳教育の研究」(時間割によれば教官名は「尾花」とある)は愉快である。授業内容の中には教官の独断と思われる部分もあるものの、資料は社会学的におもしろい。

道徳の学習指導要領は、資料としては大したものではないように見える。ところが内容の変遷をよく見ると、まことに興味深い。1977年版1989年版とを比較すると、1989年版になって失われた徳目がいくつかあるのだ。一言でいえば、自立した近代人を養成する徳目が消え去っている。

たとえば、1977年版の「ものごとを合理的に考え、常に研究的態度をもつ」とか「自分の正しいと信ずるところに従って行動し、みだりに他人に動かされない」にあたる部分が、1989年版からは完全に削除されている。合理的精神をもつことや自己の良心に従って行動する――といった徳目は、1989年からは児童が身につけるべき徳目ではなくなってしまった。

また全般に、何かを変革しようという内容が影を潜めるようになった。たとえば規則については、きまりを守るという徳目は1977年版・1989年版に共通して記載されている。しかしながら、「よいきまりを作り、更に必要に応じてそれを改善する」という内容が、1989年版からは削除されている。進取の気性に関してはどちらも触れられているが、「積極的に新しい分野を切り開いていく」(1977)とくらべれば、「工夫して生活をよりよくするようにする」(1989)がトーンダウンしているのがわかるだろう。

もうひとつ、「責任」という単語の使われかたを見てみよう。1977年の「自他の自由を尊重し、自分の行動に責任をもつ」と、1989年の「自分の役割を自覚し、協力して主体的に責任を果たす」とをくらべれば、責任を与える主体が自分から他者へと変化しているのが読みとれる。

ここまで読んだ人の中には、主体性のない受身人間こそ1989年以降の児童に求められる道徳の体現者なのか、と思われた方もあるかもしれない。しかし、それは少し違う。なにしろ目標の中に、1977年にはなかった「主体性のある」日本人を育成すると記述されているのだから。

求められているのは、「批判精神のない」児童である。与えられた規則を所与として唯一無二のものとし、その範囲内で最大限の能力が発揮できるよう創意工夫をこらす児童。それでいて規則の変更など夢にも思わない児童。ホームページに載っていた道徳授業の実践例を読んで、私自身はこんな道徳の授業を受けないでよかったと自らの経験を幸せに感じているのだが、この授業は学習指導要領によく従っている。

2002/10/17
B&Wください

最近、同じ懐メロをスーパーとコンビニとで耳にした。思わず曲が終わるまで立ち止まってしまった。先ほどRさんからご教示いただいた「knoppix日本語版」をダウンロードしているあいだに下らない替え歌を思いついたので、下に貼りつけておく。せっかくだから、2ちゃんねるのうち相応しそうに思えたスレッドにも転載しておいた。(あとで変換間違いなどに気がついたので、こちらでは原曲の歌詞カードを見ながら直してある。)Macユーザーにしかわからないネタで申し訳ない。(原曲:「木綿のハンカチーフ」松本隆作詞。いま検索したら、誰かがFLASH版を作っていらっしゃった。)

B&Wください
恋人よ ぼくは旅立つ
へと向かう列車で
禿めいたマクで 君へのムービー
作る作るつもりだ
いいえ あなた 私は
欲しいものはないのよ
ただ 禿げ面の言葉に
そまらないで帰って
そまらないで帰って

恋人よ 半月がすぎ
使えないが 泣かないでくれ
卍ではやりのジャガーを送るよ
君に 君に似合うはずだ
いいえiのカレンダーもバックアップソフトも
きっとわたしのベージュで
動くはずがないもの
動くはずがないもの

恋人よ 今もスカジーで
スゴイカードもつけないままか
見まちがうような メモリ積んだマクの
画面写真を見てくれ
いいえ 仮想記憶オフの
あなたが好きだったの
でも木枯らしのビル街
帯電に気をつけてね
帯電に気をつけてね

恋人よ 君を忘れて
変わってく ぼくを許して
毎日愉快な アクアの出来事
ぼくは ぼくは帰れない
あなた最後のわがまま
贈りものをねだるわ
ねえ セカンドマシンの
B&Wください
B&Wください

書いていて思ったのは、私には韻文は向かないな、ということ。ついでに大好きな「Hickory, Dickory, Dock」の拙訳も添えておく。

柱時計が ちくたく ちくたく
いたずらねずみが ちょこちょこ ひょこひょこ
柱時計が ぼーん ぼーん
あわてたねずみは ぴょん ぴょん ぴょん
柱時計は ちくたく ちくたく

2002/10/15
すれちがいの教育改革問答

NHKのビデオを見た。教育改革をテーマにした内容で、NHKの司会者のほかに文部科学省の寺脇氏と、都立大の宮台氏が出演している。両者とも教育改革に賛同する立場にあり、対話の雰囲気も和やかなものだった。しかし、実際の内容に関しては、両者はすれちがいを見せていた。

このビデオを見たかぎりで寺脇氏の評価を行なうならば、言っていることが二重基準だ。たとえば、現在の教師は社会とズレを生じていると数度にわたって語り、社会のニーズにあった教師が必要であることを力説していた。その一方、学力低下を心配する親の意見に対しては、東大に行くことがよいことだという認識を改めなければならない、と述べている。一方の議論では「社会」を無条件に受け入れているのに、教育改革に反対する「社会」には変革を迫っているおかしさに、自身は気がつかないのだろうか。

言行不一致も目立つ。寺脇氏の話では、文部科学省は地域の教育から「退却」することが望みなのだという。中央集権から地方分権にし、地域の自主性にまかせるのだそうだ。この話が行動に表われているなら、国旗・国歌をめぐる各地方の混乱は生じなかっただろう。予算面での拘束をなくし、さまざまな指導を撤廃するのが先だ。また、教育課程の内容が削減されると私教育に費やす余裕のある家庭のみが高等教育を受ける結果になるのではないかという意見に対しては、奨学金を充実させればよいと述べている。それをいうなら、奨学金を充実させてから内容削減をするのが筋だろう。しかも現実には、奨学金給付の割合は向上するどころか低下している。特殊法人改革における日本育英会の現状を考えてみよ。

宮台氏は政治的な人間だから、どこまで本心で受け答えしているかどうかわからない。また、寺脇氏の話の単語だけを合わせて自説を展開していくあたり、なかなか巧みな話術だった。番組で述べられていた氏の意見としては、(a)これからの社会においては、構成員全体が共通している知識の水準はもっと低下してよい、(b)これまで通用してきた、勉強すればいい大学に行け、いい就職ができ、いい人生が送れる――という勉強への動機付けは通用しなくなった。(c)各地域でそれぞれ独自の教育プログラムに取り組み、失敗を重ねることが必要。

宮台氏は(a)について述べる一方で、新しい教育改革の成否は民度の問題と語る。民度というのは、「構成員全体が共通している知識の水準」ではないのだろうか。(「知識」というのは、べつに歴史の年表を暗記していることを指しているわけではあるまい。)また(b)について、学習の動機付けとして外部の価値を持ち出すことは、はたして「これまで」においても成功してきたのだろうか。アメで釣るやり方は有用でないことは心理学の実験結果で出ている。動機付けとしては、学習内容そのものの中に見出すよりないのではないか。(c)に関しては、新しい学習指導要領での「最低基準」方式が失敗に帰したことはアメリカ合衆国ですでに出ている。ビデオだけで評価を与えれば、この人は精巧なペーパーナイフというところ。切れ味は鋭いが……。


2002/10/10
道徳の時間――その2

『西日本新聞』に掲載されたという次の記事を読んでいただきたい。

「愛国心」を3段階評価 福岡市69校 小6通知表に項目
福岡市内の小学校のほぼ半数の六十九校が本年度から使っている六年生の通知表に、「国を愛する心情や日本人としての自覚」を三段階で評価する項目が新たに盛り込まれていることが八日、分かった。国の学習指導要領を踏まえたものだが、全国の政令市でも異例の措置で、福岡県内の市民団体が「人権教育上、重大な問題」として同県弁護士会に人権救済を申し立てている。

リード文には「学習指導要領を踏まえたもの」とあるのだが、これは大間違いで、踏まえるどころか逸脱している。「ただし,道徳の時間に関して数値などによる評価は行わないものとする。」という規定はどこに行ったのだろうか。もっとも、文部科学省の寺脇氏によれば学習指導要領は「最低基準」だそうだが。

それにしても、笑ってしまう内容である。飼い主の歓心を買うために尻尾を盛んに振る犬が、飼い主への意識のあまり足下を踏みはずして溝にはまってしまう姿を思い浮かべる。このような地方公共団体こそ、愛情をこめて「田舎」と呼びたい。

2002/10/10
道徳の時間――その1

小学校のとき、「道徳」の時間というものがあった――このように書くと、道徳学習がどこででも同じように実施されたかのように思われるが、そうではない。私自身も驚いたのだが、東京西部などでは「道徳」は実施されていない。また、仮に実施されていたとしても、地域によって内容が大幅に異なる可能性がある。

私が受けた道徳教育は、『にんげん』という副読本を使うものだった。これは大阪府下で共通して実施されたようだ。『にんげん』は大阪弁丸出しの子供の作文を編集したもので、今でも内容を2つほど憶えている。ひとつは、母親の職業が雀の羽をむしるものであるために虐められる子供の話、もうひとつは、肉親に犯罪者が出たために虐められる子供の話。あとは「アリラン」を歌ったこととか、障害者の話を聞いたとか。要するに、大阪府で実施されていた道徳学習は、主に差別撤廃に重点を置いたものだった。

大阪府は被差別部落の多い地域でもあり、また在日韓国朝鮮人が数多く住んでいる。大阪府下で実施された道徳教育は、上の2点を強く考慮に入れているだろう。ところが私の住む地域は団地が100棟以上並ぶ土地で、児童の半数は国家公務員の子弟、残りは公団住宅に住んでいる。いわゆる一戸建ての家は校区に1件もなかった。(そのため、私は団地が「ふつうの家」であると思っていて、テレビで見る一戸建てを「屋根のある家」と呼んでいたそうだ。)このような場所で被差別部落や在日韓国朝鮮人の話をしなくてはならない点に教員も悩んだだろうが、授業を受ける側にとっても内容が意味不明だった。わかるようになったのは、中学校で歴史を学んだあとである。

ちなみに、文部科学省の学習指導要領では、目標として以下のように記されている。細かくは色々な「徳目」に分かれているのだが、まあ私の受けた道徳教育は、学習指導要領から逸脱すること甚だしかったわけだ。

道徳教育は,教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神に基づき,人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念を家庭,学校,その他社会における具体的な生活の中に生かし,豊かな心をもち,個性豊かな文化の創造と民主的な社会及び国家の発展に努め,進んで平和的な国際社会に貢献し未来を拓く主体性のある日本人を育成するため,その基盤としての道徳性を養うことを目標とする。

一般には、教材業者が作成した副読本を使うことが多いようだ。しかし、内容の薄っぺらさは読むに耐えない。(教訓的な話が必要なら、「日本昔ばなし」を語って聞かせるほうがずっとよい。)生々しさが心に残る点、『にんげん』はわりとよくできた教材だったのだろう。