2002/3/31
○○は××だ

木村達夫「数学は体力だ!」の中に、当時50歳で来日したヴェイユが日本人の学者たちの前で泳ぎや走りを見せつけたあと「数学は体力だ」と述べた――という話がある。たぶんフランス語か英語で言ったのだろうけれど、実際にどう表現したのか気になる。「僕は天丼だ(*I am Tendon.)」と似た話。

2002/3/30
メールデータを移す難行

Outlook Express 5のメールデータ660MB分をPowerBook G4で見られるように変換する作業について、前にも触れた。前回はなめてかかって大失敗だったので、今回は下調べを行なっていた。結論から書けば、今回も完遂できなかったのだが。

目標としたのは、以下のような流れである。Outlook Expressデータ→UNIX標準MBOX→Eudora用MBOX→Postino ClassicまたはOutlook Express(Mac版)で取り込み。まず最初の矢印にあたる変換にはIE2Eを用いる。これで変換された.mbxファイルは、EUC/LFのテキストとなっている。こんどはこちらをMailExpでEudora Pro形式に変換する。 なお、Outlook Express 5のメールデータはc:\windows\Application Data以下をたどると発見できるだろう。

遭遇した困難として、まずIE2Eでファイル変換に失敗すること。フォルダーを入れ子にした.dbxファイルは、うまく変換されないようである。もっと悲しいのは、できたEudora用MBOXファイルをPostino Classic 1.6で取り込もうとすると、メモリー不足と表示されてしまうことだ。(50MBも割り当てたのに。)それではOutlook Express(Mac版)ではどうかというと、こちらは取り込みが完了したと通知するくせにフォルダーは空のままである。結局、UNIX標準MBOXをSJIS/CRにしておき、必要があればMgrepAppなどの検索ソフトウェアで検索するのが現実的な解のようである。660MBのメールデータの変換は、数時間ではすまない。

今回のメールデータ移行の試みで、その困難さを思い知った。特に、Outlook ExpressのメールデータがWindows・Mac間で互換性がないことは、私にとって驚きだった。

2002/3/29
オリオスペックを発見する

Mac OS 9.1とWebSTAR 2Jで細々と運用していた某所のWebサーバーが、機能増強の突き上げにあっている。たしかに、メモリー56MB、ハードディスク2.2GBの貧弱な環境では動的なサーバーとして使えない。計算機の増強をはかることとした。

ハードディスクにはSeagateのST360020A(60GB、5400rpm)を買ってPowerMac G4に装着し、それまで内蔵していたIBM DPTA-372050(20GB、7200rpm)をお下がりに出すことにする。ootaniさんが書かれているとおり、OEM製であってもわりと静か。買ったのはPC Successというところで、妻恋坂のあたりにある。10,800円。

ハードディスクはどこでも買えるのだが、古いMac用のメモリーを探すのは一苦労だ。オリオスペックが安かったし、またPC Successからほど近いところにあると記憶していたのだが、どこかはわからない。PC Successの店員さんにWebで場所を検索してもらって、地図を描いていただく。「らんぷ亭のとなりです」という言葉で、どこかで聞き覚えがある店だと思ったのだが、すぐには場所がわからず例によって道に迷う。

しかたなく諦めて御茶ノ水駅に戻ろうとしたとき、交差点の向かいに「神戸らんぷ亭」の看板が見つかった。聖橋を北に渡ってひとつめの信号(ここの信号の黄色いボックスのひとつに、「松本サリンはオウムのしわざ」というハンコが押されている。確認されたい)を北進したところだ。らんぷ亭の南のビルに、目的のオリオスペックは位置していた。湯島の妹宅に行くときの通り道だったのだ。

2002/3/28
市場の類型

帰省中の移動時間で、何冊かの本を読んだ。そのうち最もよかったのは、J. R. ヒックス『経済史の理論』(新保博・渡辺文夫訳、講談社学術文庫、1995年、原版1969年)だった。この書籍では、市場がいかに生まれるかが記述されている。この本は、きちんとノートにまとめたほうがよさそうだ。個人的には第6章以降が興味深い。

2002/3/27
そろりPHP

『週刊新潮』に連載されている野口悠紀雄先生の「『超』納税法」がおもしろい。題名に惑わされてはいけない。節税法を述べた文章ではなく、副題が示すとおり「税を通して見る日本社会」についての文章である。これまでの回では、現代の日本の税制の骨格をなすシャウプ勧告は大蔵官僚の筋書きだったのではないかという推論が述べられている。文部省の革新官僚たちが連合国軍の権威を利用して漢字制限を押し進めていった歴史を考えると、この推論は十分にありうることだ。

「連載エッセイ・アーカイブ」をせっかく更新するのだから、そろそろPHPとスタイルシートとを使ってみたいと思うようになった。PHPはデータベースソフトウェアと併用してこそ真価を発揮するのであろうが、とりあえずはJavaScriptの代替にしている。スタイルシートは、「そろそろフレームは古いよね」という指示のもと使用した。なお、スタイルシートは「PIPELINE」を参考にしている。

フレームは嫌いではない。むしろ好きなほうだ。私はもっぱら見出し・索引・ナビゲーション欄としてフレームを使用している。たとえば「過去記事」は4フレーム構成で、左上が見出し(履歴)、左下と右上とがナビゲーション、右下が本文になっている。平凡な構成だ。

見出し欄としてフレームを使用する利点は、見出しと本文とが一画面に同居する画面構成において顕著に表われる。見出しと本文とでファイルが分離できるので、更新時には見出しのファイルだけを変更すればよいからだ。話を具体的にするために、第1階層-第2階層と2層構造のWebサイトがあったとしよう。このページでいえば、以下のようになる。

日記
  2002-01
  2002-02
  2002-03

この調子で4月になったとき、仮にフレームを用いずに見出しと本文とを1枚のファイルに収めていたら、どうなるだろうか。新しく作成した4月分へのリンクを可能にするためには、1月分から3月分にかけての全ファイルを修正しなくてはならなくなる。これは面倒である。その証拠に、作成した時点までの記事にしかアクセスできない日記サイトがまま見られる。フレームを利用していれば、見出しファイルだけを更新すればすむ。

スタイルシートを駆使すれば、テーブルを使わずともフレームに似た画面構成が可能になる。しかし、それだと更新の不便さはまったく変わらない。少なくとも、フレームを使用するよりも便利であるとは思っていなかった。

ところが、PHPによってファイル内容が動的に変えられれば、話は変わってくる。見出しやナビゲーションにあたる部分を別ファイル化しておきつつ、あたかも外側からは単一ファイルであるかのように扱えれば、上記の不便さは解決される。そのようなことがPHP単体で可能なのか、あるいはデータベースソフトウェアが必要なのかは、はじめたばかりの身にはわからないが。

手元の環境で実験するために、AN HTTPDを使わせてもらう。PHPの導入にあたっては、「AN HTTPDでPHPを動かす」に従った。そのほか、日本PHPユーザー会、「予約語の一覧」を参考にした。

2002/3/26
さとがえる

祖父の25回忌に乗じて両親の実家に立ち寄る話が持ち上がる。最初の帰京は青春18きっぷを使って郷里・枚方まで鈍行で戻り、一泊。翌日に新大阪から新幹線に乗り博多まで移動し、荒尾で数泊。法事をすませたのち博多から新岩国まで新幹線で移動して、三瀬川で一泊。広島まで出てから新幹線で大阪に戻り一泊。最後に、京都から鈍行で東京に戻ってくる――という旅程だった。

列車に関して。新大阪から博多への移動に乗車した「ひかりレールスター」は、評判どおり快適だった。4人用の個室だったので、家族で遊んでいるうちに博多まで着いてしまった。また、鈍行についてはSWAさんの「東京・大阪間の移動を普通列車で」に全面的に依存した。経験からの注意を書いておくと、(1)大垣・米原間の車両が2両(まれに4両)なので座席確保に気をつける、(2)静岡での乗り換えはホームが隣だったが、豊橋での乗り換えは移動が必要。

場所の印象。前回荒尾に来たのはたしか1986年で、当時の記憶はわずかしか残っていない。炭坑で栄えた町だから、閉山以降は寂れているようだ。市内一とおぼしき大型書店に足を運ぶものの、品揃えのセンスに頭を抱える。いっぽうの三瀬川には大学2年のときに祖父の葬式に出たので、ようすはわかっていた。いつも新岩国から自動車で運んでもらっているので、きょう実際に地図で確かめてようやく地理を認識した。「田舎」という言葉を聞くと、私は三瀬川が頭に浮かぶ。auの携帯は余裕で圏外だし、DoCoMoも1本立てば幸運。あのATOK13ですら変換できない。全方位が山に囲まれている。彼岸すぎに行くのは初めてだったが、立ち寄った日は特別に寒かった。

どちらの田舎でもよくしてもらったため、帰ってきて体重計に乗ってみると5kgも太っていた。(上の体重欄を参照。)これまでの減量は何だったのだろうか。とまれ、再びやり直しである。


2002/3/18
lady2wifeの報告

02/03/11付けの日記でDoubletの問題を出したところ、何件か解答を送ってくださった方があった。せっかくなので公開したい。

LADY to WIFE
nabe    T1      W, K    R
-------------------------------
LADY    LADY    LADY    LADY
LADE    LAZY    LADE    LADE
LAKE    LAZE    WADE    LANE
LIKE    LAKE    WIDE    LIFE
PIKE    LIKE    WIFE    WIFE
PIPE    LIFE    
WIPE    WIFE    
WIFE    
PLAY to TOWN
nabe    T2      W       R
-------------------------------
PLAY    PLAY    PLAY    PLAY
PRAY    PLAN    PRAY    CLAY
DRAY    ELAN    TRAY    CLAD
YARD    LANE    TROY    GLAD
NARD    CANE    TORY    GOAD
DARN    CANT    TORN    GOOD
DAWN    WANT    TOWN    GOON
DOWN    WONT            GOWN
TOWN    TOWN            TOWN
BLACK to WHITE
W        R
----------------
BLACK    BLACK
BLANK    BLOCK
BLINK    BROCK
CLINK    BRICK
CLINE    BRINK
WHINE    BRINE
WHITE    TRINE
         TRITE
         WRITE
         WHITE

2002/3/17
買いものあれこれ

国立のロイヤルホストで昼食の待ち合わせをしていたのだが、予定時刻よりも早く着いたので下階の増田書店に足を踏み入れ、文庫本を見てまわる。そうして見つけたカタログハウス編『大正時代の身の上相談』(ちくま文庫、2002年、原版1994年)がおもしろい。これは、大正時代の『読売新聞』紙上に掲載された相談と回答とを集めたもので、本人が大真面目なだけに愉快である。かつて『しんぶん赤旗』の読者投書欄に注目したコーナーが学内ミニコミ誌にあったものだが、それを彷彿とさせる。相談の内容もともかく、その文章も時代的で(本当に時代物なのだが)気に入る。

私は二十一歳の者ですが、身の丈五尺ようやくの小男のために、常に悶えております。このせいで学問する気にもなりません。いかなる方法をとったら、人並みの身の丈を得られましょうか。何とぞご教示ください(p.67)。

ところどころ挿入される当時の広告もよい。とりわけ心揺さぶられるのは、「寝ても起ても」使えるという書見台もどき「Kスタンド」(p.216)である。「1台あれば家中の喜び」だそうだ。これに、適切な光源とページめくりが簡便に行なえる装置がついていれば、本当にほしいのだが。

書見台もどき

同じ日に買って失敗したと思ったのは、三菱鉛筆の「新次元加圧ボールペン POWER TANK」である。従来のボールペンとは「パワーが違う」そうで、「油性顔料インクを3000hPa(ヘクトパスカル)の圧縮空気で押し出すことにより、従来のボールペンとは異なる新次元の筆記性能と抜群の描線品位」を提供してくれるのだという。

これまで、三菱の4色ボールペン1本でおおかたの筆記を行なってきた。授業時にノートをとるにはいいのだが、延々と計算するような作業にはボールペンは応える。紙との摩擦や必要な筆圧のため、手首に負担がかかってしまう。長文執筆時には軽いタッチのキーボードがよいのと同様、さらさらと書ける筆記具があったほうがよさそうであると、認識の変更に迫られた。その意識が頭にあって、つい買ってしまった。

ところが、しょせんはボールペンだった。はっきりいって、これまで使ってきた4色ボールペンとの書き味のちがいがわからない。万年筆を買おうかしら。広告文によれば「宇宙空間OK」「上向きOK」らしいのだが、地球の外に出る用事は当分ないし、「Kスタンド」を入手して上向きに本に書き込む機会もないだろう。

2002/3/16
パソコンと格闘する

ふだん使うパソコンをGatewayのノートPCからPowerBook G4にしたいと考えていらっしゃる先生のデータ移管を手伝う。まず、Windows版Outlook Expressのメールデータ(660MB)を移さなくてはならない。Mac版のOutlook Expressで簡単に取り込めるかと思っていたのだが、甘かった。後日別法を検討することにする。

移管には、東芝のPCカード型ハードディスクを用いる。この製品はMacでの動作が保証されていないが、Mac OSでも正しく動作する。実は、最初は日本語のファイル名が文字化けしていたのだが、デスクトップの再構築を行なうと改善された。31byte超のファイル名を付けていても、後半が自動的に省略されるようになっている。なお、Mac OS Xでは、HFS+だとマウントされるが、FAT32だとマウントされない。Mac OS XでのFAT32サポートを望みたいところだ。

次は、2001年12月27日の日記で触れた留学生課のサーバー「Dell PowerEdge 2400/667」の件。この計算機にLogitec LCW-R1210DVというUltra SCSIのCD-RW/DVD-ROMドライブを内蔵させるために伺う。この機械はさすがサーバー機で、ハードディスクはUltra Wide SCSIのRAIDだし、のみならずCD-ROMまでSCSIである。IDEは基盤に載っていない。この課にとって明らかにオーバースペックではある。

さて、LogitecのCD-RW/DVD-ROMのケースからドライブを取り出してみて、言葉を失う。ドライブがATAPIだったからだ。これにATAPI→SCSI変換器がついている。(前回は、これをさらにUSBに変換していたわけだ。ブルー画面になるのも無理のない話である。)ふつうのPCならかえって楽になるところだが、この計算機にはIDEがない。それでも変換器ごと内蔵させればよいかと気を取りなおしたのだが、電源プラグの形状が異なっていて、基盤から電源をとることができない。結局、事情を説明してお詫びし、SCSIカードの購入を勧めることにした。

2002/3/15
「速さ」の反省から

この1年間、とある塾で中学3年の理科をもたされていた。言うまでもなく、私に理科の素養なんてほとんどない。去年の今ごろは、中学校の理科の教科書を読みなおすところからはじめ、都立高校の入試問題を解きに解いて、さらに高校理科の教科書やら各種文献やらをあたる日々だった。

教科書を読んでいて、中学校理科の教育課程が系統性を欠いていることに気がつく。物理・科学・地学・生物の担当者がページの奪い合いをしているかのように、それぞれの知識がバラバラに与えられている。高校の倫理・政経も以前の数Iもひどかったが、中学校理科はそれを上回る。そこから何か共通した原理をすくいあげるのは難しい。

結局、比例を基礎として明示的に置くことを意識した。中学校数学の関数の導入には中途半端に現代数学の関係概念が入ってきていて、必ずしもわかりやすいとは思わない。そこで、比例の知識を実際に運用する場として理科をとらえ、力学でも電気でも化学反応でも、使いうるすべての場面で比例を使うことにした。

比例の代表例として、等速直線運動における距離と時間との関係が挙げられる。力学台車の動きから「速さ」を求める問題において、最も見込みのない説明は「はじきの公式」だ。これが書いてあるだけで0点にしようかと息巻いていた物理教師もいた。よくあるのが速さの定義を「距離÷時間」と天下りに紹介して計算させることで、こちらは誤りではないのだが生徒の食いつきがよくないし、私自身あまりすっきりしない。

力学台車の動きが打点されたテープは、50Hz地帯では5打点ごとにまとめられる。50打点で1秒だから、5打点すなわち0.1秒に6cm進む台車の平均の速さは何cm/秒ですか、というような設問しか都立入試では見かけない。0.1秒というわかりやすい値が出ているのだから、こちらとしてはいきなり「速さ」の定義を与えるのではなく、先に比例を意識させて「0.1秒に6cm進む台車は0.2秒では何cm進みますか?」「0.3秒では?」「0.4秒では?」と立てつづけに発問していき、最終的に1秒に進む距離にもっていくかたちにした。これは、スモール・ステップの原則にもかなっている。

遠山啓『量とは何か――II多次元量・微分積分』(遠山啓著作集数学教育論シリーズ6、1981年)所収の「内包量・外延量と微分積分」を読んでいて、「距離÷時間」として「速さ」を導くことに対する遠山啓の所感にぶつかった。いわく、内包量というのはたしかに割り算によって定義されるが、感覚的にとらえるためには割り算は必要ないのではないか、という。

速度にしても,子どもたちは,まず感覚でとらえます。自動車より飛行機の方が速い。ハトよりツバメのほうが速いということを,子どもたちは生活経験の上からすでに知っているからです。ただ,それを数値化するときにわり算がいるというだけのことです。出発点はあくまでも人間の感覚なのです(前掲書p.80)。

内包量をわり算したものとして定義したのでは,子どものほんとうの感覚とつながらない。しかし,感覚とつなげないかぎり,子どもにはわかりにくいのです。感覚とつなげたほうが子どもにとってずっとよくわかるし,そのほうがしぜんであると思います。数学というのは,あとからはいってくればいいのです。(前掲書p.81)

ちょっと説明しておくと、外延量・内包量というのは加法的な否かによる量の区分である。簡単にいえば、物体A、Bの属性を示す量としてf(A)とf(B)とがあるとき、f(A \cup B) = f(A) + f(B)となるような量を外延量という。たとえば質量は外延量だ。というのは、60gの物体Aと40gの物体Bとを合わせたとき、その質量は100gになるからである。いっぽう、速度とか温度とか密度などは、物体を合併させたときにそのまま足し算することができない。60℃の水と40℃の水を合わせたからといって水が沸騰する(100℃になる)わけではない。このような量を、内包量という。

内包量は割り算として定義されるものではなく、直感的な感覚として先にあるのではないか――という主張は、遠山啓にかぎったことではない。森毅も、「速さ=距離÷時間」は「距離=速さ×時間」が背後にあると述べている。ニュートンの「自然哲学の数学的諸原理」でも「定義I 物質量とは、物質の密度と大きさ(体積)とをかけて得られる、物質の測度である」と述べられていて、内包量である密度が先に存在している。そのものではないけれど、今井功も運動量に関して似たようなことを述べている。

ただ、遠山論でちょっと不思議なのは、微積分を導入するときに遠山先生がdy/dx = f'(x)の形式に固執していることだ。高校のときにも、dy/dxは分けてはいけないとさんざん教師に言われたものだが、微分係数が瞬間速度として理解されるならY=aXのかたちで局所化したdy = f'(x) dxの形式のほうがわかりよい、と私などは思う。自動車の速度計などで、刻々と変化する速さは子供でも体験しているだろう。

上のようなことを考えていたら、この点も論争があったらしいことが増島高敬氏による解説に書かれていた。

2002/3/14
死語の世界

宮崎義一『国民経済の黄昏――「複合不況」その後』(朝日新聞社、1995年)を読んでいて、そういえば当時「価格破壊」という言葉があったなあと懐かしく感じる。この単語は、いまや「デフレ」に取って代わられたようだが。

2002/3/13
視力とClearType

前にも書いたとおり、私はClearTypeが嫌いだ。というのは、黒がにじんで見えるからである――というと「設定が悪いからだ」と反論が返ってくる。いちおう6通りの設定を試していて、どの設定でも多かれ少なかれ色ずれが感じられたことを白状しておく。しかし、世にはClearType好きの御仁もおられる。この差はどこから出てくるのかと思案していて、視力にあるのかもしれないと考えるようになった。

パソコン画面を見るときには室内用メガネをかけている。(焦点を大きく変えることができないので、室内用・屋外用とメガネを分けている。)これだと、焦点の合う距離は10cm〜30cmほどである。私はいつも、画面から25cmくらいの距離で画面を見つめている。これが一般よりも近すぎて、色ずれを感じやすくなっている可能性はある。あと、乱視が-4.0だけれど、これで色がずれたりすることは……ないか。

さらに言えば、アンチエイリアスすらあまり好きではなくて、実はビットマップ書体がいちばん好きなのだ。ドットの輪郭がくっきり見えているものに安心を覚える。パソコンの画面では、System 7.1のそれがいちばん好きだった。Mac OS XやWindows XPのシェルは許容しがたい。

つい最近になって、この性向も視力の影響を受けているのかもしれないなと気づいた。デジカメの風景写真を見たとき、輪郭のするどさに感嘆したのだ。肉眼で見たときには鮮明さは損なわれ、もっと茫漠とした印象になってしまう。この無念さから、はっきりした輪郭を好むようになったのだろうか。

2002/3/12
『こころ医者の手帳』から

なだいなだ『こころ医者の手帳』(ちくま文庫、1998年、原版1993年)は、わりと気に入った。そのうち使うために、ネタを引用しておく。

母親と娘のつながりは、子どもの数が減ってから、非常に強まってきている。時間もあれば能力もある親は、子どもをきちんと仕込もうと思う。自分の持っている主婦としての知識や技術を全部娘に伝えたいと思う。つまり、簡単にいえば自分のコピーを作りたいと思うのである。だが、いいことを教えようと力を入れれば入れるほど、子どもは自信を失って行く。さすがは、あの人の娘ね、といわれる分だけ、娘の方は自分を失っていく。……(中略)……こうした、母親たちは、娘たちが見るほど、それほど強くはないのだ。子どもが自分をすてて出て行き、残された自分が孤独になることを恐れているのだ。それだから、おまえはまだ一人前ではない、と見せつけようとし、その結果、子どもの自信を失わせてしまうのである(p.21)。

欧米では、あまり「個性を伸ばす」などといわない。そもそも個性を英語では何というのだろうか。不思議なことに、日本語の「個性」という言葉にぴったり重なる言葉が見つからないのだ。字引を引いてみる。/individuality、personality、character、originalityという言葉が並んでいる。つまり、私たちはこれらの言葉の意味を、個性という言葉の中に詰め込んで使っているということだ。まあ、たくさん詰め込んだものだ。あいまいになって当然である(p.166)。

1964年の夏、ぼくはプラーハにいた。WHOの留学生として、アルコール中毒の治療研究のため渡欧したぼくは、あちこちの国をおとずれたあと、1カ月チェコスロバキアに滞在したのである。……(中略)……/チェコでの滞在のあいだに、ぼくは、かなりの数のアルコール中毒の患者と話した。そして、彼らの中の一人が、ある日自嘲的な口調でいったことが、ぼくのこころに忘れがたく残ったのである。……(中略)……/「ドクター。イズムって語尾のつくものに、いいものはありませんな。わたしのかかっているアルコーリズムもいいものでないが、コムュニズム、マルキシズム、ナチズム、ファシズム、みんなよくない。エヘヘ」(pp.198-201)

2002/3/11
ladyをwifeに

トニー・オーガード『英語ことば遊び事典』(新倉俊一監訳、杉山和芳・西原克政・富山英俊訳、大修館書店、1991年、原版1984年)には、英語の言葉遊びが26章にわたって記されている。私はむかしから、こういった遊びが大好きだ。

ルイス・キャロルが考案した「Doublet」というゲームは、1人で楽しんでもよいし、チームで競い合ってもよいと思う。2つの単語を、1文字ずつ変化を加えていくことでつなげるのだ。すなわちHEAD(頭)をTAIL(尻尾)にしたいなら、以下のような具合。

HEAD
HEAL
TEAL
TELL
TALL
TAIL

のちにルイス・キャロルは、アナグラムを入れることもルールとして認めた。ただし、文字交換とアナグラムとを同時に行なってはならない。IRON(鉄)をGOLD(金)に変えるには、以下のようにする。

IRON
ICON
COIN←ここでアナグラムしている
CORN
CORD
COLD
GOLD

というわけで、問題を出す。問題1.LADYをWIFEに変えよ。問題2.PLAYをTOWNに変えよ。私は、問題1は7回の変化で、問題2は8回の変化で解にたどりついた。問題2は、アナグラムを使わないと解決困難(か、たいへん長くなる)だろう。うまい連鎖が見つかれば、メールで連絡してほしい。私のものと合わせて紹介したい。

こんなふうに、てきとうに問題を作っては、それを解いて遊んでいる。softをhardにするのは簡単だったが、blackをwhiteにすることは未だできていない。


2002/3/10
HTML編集をめぐる小ネタ

これまで、Internet Explorerで「ソースを見る」ときに使用されるエディターを変更するために「メモ帳トラッパー」を使用してきた。ところがOSを再インストールしてからというもの、Safe Modeにして同ソフトで設定を行なっても、それが反映されない。困ったので別法を探しているうちに、Windows.FAQにて「IEのソースの表示に使うプログラムを変更したいのですが」にあたる。レジストリに手を加えるだけでよかったのだった。

もっとも、WZ Editorによる編集は上記の方法だけでは実現できない。Windows標準のIE用一時ディレクトリには空白文字があるが、このレジストリはそれを二重引用符でくくらずに渡すため、ファイルがいくつもあるように錯覚されてしまう。この現象を回避するために、バッチファイルなりWSHなりをあいだにかませる。以下に、掲示板「WZユーザ広場(1)」でdai-iさんが提供されていたスクリプトを引用する。

Set args = Wscript.Arguments
Set WshShell = Wscript.CreateObject("Wscript.Shell")
s = """C:\PROGRAM FILES\WZ EDITOR\WZEDITOR.EXE"" /t.html """
For Each c in args
s = s & c & " "
Next
s = s & """"
WshShell.Run(s)

また同掲示板では、WZ Editor 4+HTMLCMDにおいて、JPEGファイルの寸法取得が正確には行なえないことが話題になってきた。いずれ埋もれてしまいそうなので、作者の見米氏が示された解決策を引用しておく。

 } else if (!strncmp(p+6,"JFIF",4)) {
    //jpeg
    BOOL f = FALSE; if (p[22]) f = TRUE;
    for (;lch--;p++) {
      if (p[0]==0x11 && p[1]==0x08 && lch>=8 && !f) {
      p+=2;

の部分を、


  } else if (p[0]==0xFF && p[1]==0xD8) {
    //jpeg
    for (;lch--;p++) {
      if (p[0]==0xFF&&p[2]==0x00&&p[3]==0x11&&p[4]==0x08&&lch>=8) {
        //0xFFC0: ベースライン 0xFFC2: プログレッシブ
        p+=5;
        dm->height = (p[0]<<8)+p[1]; p += 2;
        dm->width = (p[0]<<8)+p[1];
      }
    }
  }
とする。

2002/3/9
文と若さ

なだいなだ『片目の哲学』(ちくま文庫、1994年、原版1967年)を古本屋で買って読む。あかん。なだいなだの文は嫌いではないつもりだったが、『片目の哲学』の文体は好きになれぬ。自意識過剰というか、気どりすぎというか、桂枝雀口演「あくびの稽古」に登場する師匠の言う「イチビリ心」が出すぎというか。同時に買った『こころ医者の手帳』(ちくま文庫、1998年、原版1993年)の抑制ある文体とは大違いである。

それで思い出したのは、森毅『数学的思考』(講談社学準文庫、1991年、原版1964年)だ。こちらを読んだときも、ちくま文庫に収録されている70年代後半以降の文章とは異なり、解説過剰である。飛ばし飛ばし読んでいるにもかかわらず、読むのにくたびれる。

これは60年代という時代のなせる故なのか、それとも若さのためなのか。いまのところ、私は後者をとっている。

2002/3/8
散歩

昼前、時間があったので地方税申告のついでに国立市内を散歩する。自分の住んでいる付近はわりとなじみがあるが、市内でも足を運んでいない場所はたくさんあるものだ。市役所で用事をすませたら、東へ折れて大学通りに出る。国立高校・国立一中をぐるりとまわって今度は北に進路をとり、そのまま歩く。すると旭通りに出るので、今度は通り沿いに駅まで歩く。途中で真宗本願寺派の寺を見つけて、こんなところに、と思う。

2002/3/7
種まく季節

私はマイナー路線というか、なるべく他人とは違うことをやろうと思ってきた。優秀な方々がこぞって集まるような分野に踏み出すことは、知力のない人間にとって危険である。統計に行っても、金融には手を出すまいと心に誓ったものだ。

今ごろになって気づいたのは、基本をしっかりと押さえて仕事をしている人は稀だということだった。多くの人が泥縄式に仕事をしている。もちろん私もそうである。それでこの春のフレーズは、「基本に立ち返ろう」ということにした。数週間でできることなど知れているが、まあやってみることにする。

法事の関係もあって、日記の更新がしばらく不定期になる。春期休業中ということで、ご容赦願いたい。

2002/3/6
うつりゆくさまを眺める

先月まで、卒業論文にかかりきりだった。先週になってようやく上がり、PDFファイルを指導教官に提出した。同じファイルをメールで送って、泰成社さんに製本していただく。無料で実施していただき、大感謝である。もちろんLaTeXによる組版で、奥村先生のmyjbook(jsbookではない)を改変して使用した。題名は、「テキスト言語のマルコフモデル」。題名をつけるときには、なるべく七五調にあうようにしている。

話の肝は、日本語のテキスト言語を計量的に解析するときにはマルコフモデルを使ってみたらいいんじゃないの、ということだ。これはもともと前田年昭さんの句読点研究会に出席して、うだうだ考えていたことだ。せっかくなら組版だけではなくて他のことにも応用できればよいなと感じ、実験してみた。

意外なところでは、ひとつの文に用いられる読点の数にはマルコフ性があるようだ。つまり、ある文で使われる読点の数は、前の文に使われていた読点の数に何らかの影響を受けている、と仮定してよい。(正確に書けば、独立性は否定される。しかし、多重マルコフ性があるとまでは言えない。)

0.570 0.247 0.112 0.052 0.019
0.508 0.278 0.130 0.058 0.026
0.476 0.292 0.147 0.062 0.023
0.474 0.280 0.149 0.065 0.033
0.494 0.259 0.165 0.038 0.044

上に示したのは、夏目漱石『吾輩は猫である』における一文内読点数の推移確率行列である。たとえば「こんにちは、赤ちゃん。私がママよ。」という2文なら、「読点1→読点0」なので、2行1列にカウントされる。このようにして見ると、夏目漱石の文章は読点0の連続が多いことがわかるだろう。『坊ちゃん』の冒頭を思い出してみるとよいが、漱石の文のテンポのよさは、ここから生まれているように思う。もっとも、漱石にかぎらず、読点0の文のあとには、同じく読点0の文がつづくことが多い。

句読長(ある句読点から次の句読点までの長さ)にも注目すべきである。文の長さ(句長)ではない。句長平均は、わりと大きく変化する。たとえば太宰治『人間失格』『斜陽』の句長平均は、それぞれ48.7、71.4である。ところが句読長に直すと、それぞれ10.2、9.8となり、安定的であることがわかる。読点の打ち方には書き手の意思とは別に、個性が表われてしまうものだ。

ここでも夏目漱石はおもしろい推移確率行列をしていて、対角成分付近が大きい。言いかたを変えれば、短い句読のあとには短い句読が、長い句読のあとには長い句読がつづく。つまり漱石の文は同じような調子がつづくことが多いのである。これをノリノリ型と名づけた。いっぽう、野口悠紀雄先生の「『超』整理日記」も使わせていただいたが、野口先生の文章は漱石とは対照的になっている。短い句読のあとに長い句読がつづくのだ。こちらはメリハリ型と名づけた。調べる前には「音の影響」があるのではないかと思ってカナに開いて同様の実験をしたのだが、音の影響は確認できなかった。

書き上がってみてみると、我ながら情けなくなる。私にもう少し多変量解析の知識があれば、もっときちんとした議論が展開できただろう。また、準備不足は否めなかった。「こんなものが図書館に収納されるとは恥ずかしい」とTさんに打ち明けたら、「僕の卒論の製本に使った紙は感熱紙だから、そう遠くないうちに真っ黒になる」と返答された。そんな手があるとは気がつかなかった。

やろうと思っていた減量は、完全に中断された。それどころか、ストレスがたまると甘いものが食べたくなって饅頭を好きなだけ食べていたので、太ってしまうことを恐れた。卒論が上がってからは各方面で飲んで食ってしていた。幸い、増えてはいないようである。減ってもいなかったが。

2002/3/5
すてきさの移譲

川崎のおばちゃんと私や妹が呼んでいる方は、父が若いときから世話になっている方の奥方である。絵に描いたように立派なふるまいで、誰からも尊敬されている。「すてきな人」とはこのような人のことを指すのだなと思ったものだ。考えてみれば、人徳のそなわっている人を実際に見ることができたという点で、私はたいへん幸運だった。

大学に合格して東京に引っ越すとき、電話での挨拶で「すてきな男性になってくださいね」と言われた。この言葉は私には重たかった。いまでも何かにつけ思い出すことがあり、そのたびに反省を迫られる。とてもではないが誉められるような人格を備えているとは思わないし、努力はしてもそれが根本的に変わることはないだろうが、せめて自らの職分に関しては誇りをもってやっていこう、というのが近年の私の思いだった。

新しい門出を迎える人たちを見送るとき、私は次のように言っている。「僕は尊敬している人から、すてきな男性になってくださいと言われた。僕はなれなかったけれど、あなたにはぜひそうなっていただきたい」。そうやって、自らの責務を移譲しとるわけや。

2002/3/4
Norton Speed Disk 5.1

ディスク最適化ソフトウェアのNorton Speed Disk 5.1を、シマンテックのダウンロード販売で購入した。今回ハードディスクを換装したので、Speed Diskを再インストールしなくてはならない。このときには、再びSymantecに専用ソフトでアクセスしてライセンスキーを得る必要がある。

ところが、その専用ソフトではインターネットに接続できない旨の表示が出る。ルーターの設定の関係かと思いアナログダイヤルアップ接続で試してみたが、接続できず。ウェブサイトでも、Speed Disk 5.1の情報が見られない。そもそも、2年前の製品のキー発行はまだ行なわれているのであろうか。

ショップ・シマンテックにFAXで問い合わせたところ、翌日に返答がきた。いわく、稀にそのようなことがあるので製品版CD-ROMを配布してくれるという。シマンテックの厚意に感謝したい。

2002/3/3
「保護」の文脈

政府提出の法案に出てくる「保護」という単語には、独特の文脈があるようだ。個人情報保護法、優生保護法、旧土人保護法。

2002/3/2
MS ゴシック+Microsoft Sans Serif途上

Windows 2000をインストールしなおしてからInternet Explorerを使ってみると、和文書体が不思議な状態になっているのに気がついた。どういうわけか、日本文字がMS ゴシックに、ラテン文字がMicrosoft Serifになっている。和文が等幅、欧文がプロポーショナルで表示されるため、わりと読みやすい。

かちゃ〜しゃの画面

Windows 2000では、欧文書体に任意の和文書体を組み合わせてアプリケーションに認識させることができる。たとえば「Windows スタンダード」のテーマで使用されているTahomaは欧文書体だが、和文部分にMS UI Gothicがあてられている。ちなみに私は、Chicagoを思わせるTahoma Boldが気に入っていて、システムフォントに使用している。

この機能を(Fontlink)利用すれば、2001年4月26日の日記で書いた「Mac風プロポーショナル書体」が実現可能である。ビットマップの優れた欧文書体を選んで、そこにMS ゴシックをあてればよい。試行錯誤の結果、Microsoft Sans SerifにMS ゴシックを組み合わせるとよいことがわかった。和文はちゃんと等幅で読めるし、欧文はMicrosoft Sans Serifで表示されるから、エンコードを変更する手間もない。おまけに、行間が自動的に広くなるという副次的効果まである。フォント自体に行間がついているから、ユーザースタイルシートが効かない不見識なホームページにも有効だ。

MS Sans-Serif+MS Gothic

レジストリの変更にはregeditではなく「regedt32」を用いる。(regeditだと「MS ゴシック」という2バイト文字が正しく入力されない。)スタートメニューの「ファイル名を指定して実行...」からregedt32を起動して、HKEY_LOCAL_MACHINE\SOFTWARE\Microsoft\Windows NT\CurrentVersion\Fontlink\SystemLinkを開く。次に、Microsoft Sans Serifの欄があるので、それをダブルクリックする。表われた複数行文字列エディタにて、「MS UI Gothic」となっている部分を「MS ゴシック」(全角半角注意)にする。以下の画面のようになればよい。閉じて再起動する。そののち、Internet Explrorerの〈ツール〉-〈インターネットオプション〉-〈フォント...〉ボタンで、「Webページフォント」に「Microsoft Sans Serif」選択すれば完了だ。

regedt32の画面

最初はこれで完璧だと思っていた。ところが、よく見ると「…」や「―」が欧文フォントで表示されている。IME 2000の文字パレットで調べると、Unicodeで同一のコードになっている文字では欧文フォントが優先されるようだ。Windows CEにあるSkipTableキーを試してみたが、効果なし。しかし、円マークが表示されている以上、和文フォントで表示する方法の存在が期待できる。いまのところ、よくわかっていないが。

ただし、私はWindows 2000SP2+Internet Explorer 5.01SP2以外の環境では試していない。なお、レジストリFontlinkキーの存在は、2ちゃんねるの「Windowsのフォントスレッド」で知った。

追記020316。上の現象を試すだけなら、レジストリをいじる必要はなかった。ただ、スタイルシートに「font-family: Arial, "MS Gothic", sans-serif;」とでも加えておくだけでよい。「――」や「……」の問題もまったく同様に再現される。

2002/3/1
ハードディスク換装劇

ノートPCの内蔵ハードディスクをIBM IC25N030ATADA04に換装する。Windows 2000の再インストールから各種環境設定に14時間ほどかかり、さすがに疲れた。今後のために、今回も誤ってしまったので教訓を書いておく。(1)ファイル解凍の際には権限を誤るな。(たとえばGhostscriptの日本語化パッチをAdministratorで解凍してファイルコピーすると、PowerUsers以下では使えなくなる。(2)複写・保存を忘れがちなもの。FAXのアドレス帳。電子証明書。

静粛性が気になる人のために。流体軸受けを採用しているらしいIC25N030だが、Webで目にする「音が聞こえない」との評価は私のディスク(タイ製)に関しては嘘だ。地下鉄の車内の環境を小さくしたようなシーク音が聞こえる。もちろん、以前にくらべれば静かだけれど。それから気にくわないのは、動作させているとミの音の高さでノイズが出ていることだ。いまは我慢しているが、装着2日目で耐えられなくなりつつある。高音が苦手な人は、避けたほうがよさそうだ。

ファイルの複製には、ハードディスクケースMOMOBAY CX-1が役に立った。古い内蔵ディスクをMOMOBAYの中に入れて、必要なファイルを複製する。さすがにUSB接続だと遅いが、安定しているのがよい。稲垣耕作先生も推奨している。