2001/11/30
終身雇用と年功序列

2001年10月の完全失業率が戦後最悪の5.4%になったことについて、小泉総理は国会で「終身雇用前提ではもう、対応できない」と繰り返し主張したと『朝日新聞』は2001年11月30日夕刊で報じている。この主張は正しいだろうか。

一般には、同じ人間を雇用しつづけるよりも新規に雇用するほうが費用は増える。まず、社会保険その他の事務的な手続きにかかる費用がある。それ以上に、仕事に慣れさせるのにかかる実際の費用と機会費用とがある。よほどの単純作業か、もしくはよほどの専門的作業でないかぎり、これらの費用は小さくない。

ところが、ここに年功序列(一律の賃金ベースアップ)が入ってくると話が変わってくる。その者がほんとうに賃金向上に見合うだけの生産性を上げているのか、実際のところはわからない。これを数十年もつづけたら、企業の収益性は落ちるだろう。つまり、「前提では対応できない」のは、終身雇用ではなくて年功序列である。

人びとの危険選好には違いがある。危険はあまり気にせず大きな利得とを求める人(リスク中立的)もいれば、利得は小さくてもよいから危険を小さくしようとする人(リスク回避的)もいる。終身雇用は、後者のような人のためには不可欠なものだ。私は、日本の社会において後者の型の人間は少なくないと思う。そのような人々の尻を叩いて「リスクに挑め」というのは酷ではないか。

私が現在の給与体系で根本的に疑問を感じるのは、正社員の給与が契約社員のそれよりも高い点だ。小さい危険で大きな利得というのは、虫がよすぎる話だろう。一流のプロ野球選手の年俸は高いが、彼らはその額に見合う危険を冒している。

2001/11/29
単語の小ネタ

『朝日新聞』の11月27日朝刊。National Bureau of Economic Research(NBER)が景気後退宣言を行なった記事で、NBERを全米経済研究所と訳している点にナルホドと思った。私は国民と訳すものだと思っていたが、全米訳はわりと一般的らしい。全米訳には、米国の団体であることはすぐにわかる利がある。もうひとつ、記事の中にNBERが民間団体とあって驚いた。ずっと官業か半官半民だと思っていた。national bankが国立銀行ではないことを知っていながらこの有様だから、先入観の深さにため息がもれる。

ネタが恒常化しつつある遠山啓著作集『数学教育の展望』p.99によると、elementは「l,m,nをつっくつけものです。これでelementsとなり,結局,ABCというのとおなじ」だそうだ。el, em, en...わー本当だと、ちょっと感激。American Heritageの語源のところにも、「perhaps ultimately from lmn, first three letters of the second half of the Canaanite alphabet, recited by ancient scribes when learning it.」とある。でも、なんでabcではなくlmnが出てきたのだろう。

2001/11/28
さんすうセット

遠山啓著作集は、教育論シリーズ5巻を読み終えて数学教育論シリーズに入る。『数学教育への招待』は、主に算数教育についての話題だ。岩波新書に遠山啓『数学の学び方・教え方』(1972年)がある。それを詳しくしたようなものだと考えればよい。

中身を読んでいて気づかされるのは、自ら受けてきた算数教育が水道方式的だったことだ。小学1年生のときに「さんすうセット」を購入する。その中にタイルがあったのを、よく覚えている。(もっとほしいと思っていたから。)もうひとつ思い出深いのはサイコロで、さんすうセットのサイコロはなぜか1〜6ではなく0〜5だった。このサイコロの例がp.87に出ている。革新自治体だったせいで、算数教育は「進歩的」だったのかもしれぬ。

水道方式などと気軽に呼んでいるが、その完成には7年もの歳月を要していることに驚く。かなり完成された方式だ。私の記憶では、たしか四谷大塚のテキストの分数部分が水道方式に則っていたと思う。その一方、「折れ線の幾何」はよくわからない。平面幾何は「当たり前」すぎるので証明問題に不適だというのは、そのとおりだと思う。(受験勉強に慣れてしまった学生は、「〜が部分空間であることを確かめよ」といった類の定義に戻る問題を前に立ちつくすことがある。)だが、折れ線の幾何に普遍性や発展性があるようには見えない。相似の概念のほうが一般的であるし、プラモデルの例などから生徒にもなじみやすい。

2001/11/27
ha

基本的な日本語の語彙は、漢字のために根元的な意味に気がつきにくくなっている可能性があることを前に触れた。いまふと思ったのは「ha」だ。葉にしろ羽にしろ歯にしろ刃にしろ、たしかに共通した形がある。

2001/11/26
Scarecrow with a brain

ナマズやらカカシやら、なんだか寒山拾得の世界を想像してしまうのだが、全文検索ソフトの話。このページは手元で索引ファイルをこしらえておいて、それをPerl版Namazuで検索するようになっている。ただ、初期状態では「私法」とか「自閉」を引っかけてくれなかったので、それを改善させたいと思っていた。

個人的にはWindows版の茶筅(形態素解析ソフト)をわりとよく使うので、分かち書きを茶筅に実行させることばかりを考えてきた。が、そのためにはCygwinでmakeしたりと面倒が多く、search-s for Namazuに依存しっぱなしの私には荷が重い。

現実には、kakasiで用いる辞書を強化するだけで変わってくるそうだ。そこで、ATOKの辞書をSKK用に変換して索引を再作成してみた。なるほど、ちゃんと「自閉」が検索できるようになっている。インストールしっぱなしではなくて、手を加えなくてはいけないのだなと反省する。

2001/11/25
個人と古書店

西国立のブックセンターいとうは、かつて専門書を半額ていどで販売していた。そういった店で掘り出し物を見つけるのは一種の快感でもあった。ところが最近になって、モノの値打ちがわかる店員が入ったようである。社会学や文化人類学の専門書には、相応の値が付けられるようになった。買い手にしてみれば困ったことだ。

古書がインターネットを通じて購入できるようになったのは、たいへん便利なことだ。先日は森毅『現代の古典解析』(現代数学社、1970年)が買えて、小躍りした。(森毅の著作の中で最高の実用度を誇るこの本が絶版なのは、あまり納得がいかない。)ふだんはEasySeek日本の古本屋を使っているものの、Yahoo! オークションも捨てがたいところがある。振込先が個人なので振込手数料が大きいという欠点はあるものの、とんでもなく安く買えることがあるからだ。先の、遠山啓著作集がよい例である。

2001/11/24
センター試験のモニター

掲示板のアルバイト欄を見ていたら、大学入試センターがセンター試験のモニターを募集していた。対象は学部1年生で、報酬は3万円。仮面浪人の人には打ってつけだろう。というか、そんなにもらえるなら私も受けたい。

2001/11/23
衆寡敵せず

個人的に日立FLORA 220FX NP3というノートPCを気に入って使っているのだが、どうも仲間が少ないようだ。「Oh! Lavie NX」を見ると、NECの強さを感じてしまう。幸いFLORAには220TXというCrusoe搭載モデルがあるので、そこに魅力を感じて購入した方のページは存在する。ドライブベイに装着しているCD-ROMドライブが「スリムタイプ」という汎用性のある製品であることを同ページではじめて知った。CD-ROMドライブが故障しても、わりと安価に交換できそうだ。願わくば9.5mm厚のCD-Rドライブが登場せんことを。

2001/11/22
やいブルジョア

あいかわらず遠山啓著作集を読んでいる。国立・秋葉原間を往復しているあいだに、教育論シリーズ2『教育の自由と統制』を読んだ。日本の教科書が現行の検定から国定になることは考えにくいという。文部科学省は検定によって事実上検閲が可能な上、国定とちがって責任を教科書会社に押しつけることができるためだそうだ。

教科教育に関する遠山先生の基本的な主張は、理科や社会といった高級な科目は、国語・算数の基礎的な土台をしっかりと作り上げた上で実施すべきだというものだ。現行のカリキュラムは、1、2年次から理社(生活科)を取り入れている。この害は2つあって、ひとつは国語と算数の授業時間数が減ってしまうこと。いまひとつは、国語力や算数力のない段階で教えられる理社は単なる博物的なものにしかならないという点だ。生活科という名前は、それを端的に物語っている。

土台ができていないうちから社会教育を施した結果として、おもしろい例が載っていた。教育の自由化は何も戦後だけ言われていたことではなく、大正デモクラシー期にも叫ばれていた。そういう中でプロレタリア教育を実施した教師の失敗談がある。階級文化の基本的な用語と解釈を教えた結果として現われたのは、子供たちの罵倒の文句として「ブルジョア」が用いられたことだったという。

ぜんぜん関係ないけれど、私が小学校の時分には帯分数にすることが徹底されていた。その理由がよくわからなかったのだが、p.194によれば扇形表示のためであるという。分数を円で教えると、11/3は3つの円と2/3の扇形で表示するほかない。タイルを用いれば、そのような必要はないのだが。

2001/11/21
実験結果

まず12cmファンから。こちらはG4付属のものとオス・メスが異なっていて、そのままでは装着できない。ガラクタ入れの段ボール箱から3pin4pin変換器が出てきたので、それで対処する。0.44A→0.08Aだと風量がだいぶ減るのではないかと懸念したが、実際には前よりも増した感がある。羽根の形状に工夫があるのだろうか。ただし、8cmファンの交換時と同じく、ハードディスクの高周波音が相対的に大きく聞こえるようになってしまった。dbは減ったのだろうが、不快感は減らない。最終手段として、ハードディスクを流体軸受けに変更することを検討しよう。

使用可能かどうか不明の三菱製コンパクトフラッシュカードは、モバイルギアIIへの挿入時にいったんフリーズを引き起こしてしまって先行き不安だったが、いまのところ問題なく使えている。64MBのときには英和辞典しか収めることができなかったのが、今度は和英辞典も入れておける。突発的に「キルギスタン」のつづりが知りたくなったりするわけで、和英もあると便利だ。ちなみにKyrgyzstanとつづる。


2001/11/20
秋葉原めぐり

しつこい咳をのぞけば風邪の諸症状も収まったので、12cmファンを買いに立川のビックピーカンに行く。ところがビックピーカンには12cm静音ファンがなく、次に出向いたパルテックは準備中だった。意を決して秋葉原を散歩することにする。ファンのほかにも、2.5インチのハードディスクを買う必要があった。年越しの暇つぶしに、新しいハードディスクでノートPCをセットアップしなおそうと決めたからだ。

まず、予定していたブツを見歩く。12cmファンは、置いてある店が少ない。静音でないものはチラホラ見かけるが、山洋電気の109P1212L403(12cm角25mm3pin、12V-0.08A)はOverTopでしか見つけられなかった。2.5インチのハードディスクは、ほんらい日立のDK23CA-30にするつもりだった。ところが店頭にあるのはIBMか東芝ばかりで、日立はDOS/Vパラダイスで見るかぎりだ。しかも高い。やむなくIBMに流れ、無難な線としてIC25N030ATDA04(30GB、9.5mm厚)に落ち着く。T-ZONEのDIYショップにて購入。+200円で6カ月保証にするというので、受け入れる。

次にぷらっとホームの5階へ足を運び、USB親指シフトキーボードのコンパクトモデルと対面する。親指キーのキートップが高すぎて「ぃ」や「ぬ」が打ちづらい。まるで断崖絶壁だ。Dboard SEはこんなに高くはなかった。購買意欲が一気に萎える。別売りでもかまわぬから、もっと低いキートップを用意していただきたいものだ。同じビルの7階若松通商にて、本日かぎりということで三菱製の128MBコンパクトフラッシュカードが5480円で出ている。Windows CEで使っている辞書ソフトのデータ置き場によさそうだが、使えるかどうか不安だが、思い切って買ってみる。

2001/11/19
Norton AntiVirus 2000の挙動

抗ウィルスソフトとしてNortonを選んだのは、大学生協パックという名で安価に売られていたためだ。ところが、以下の2点で具合があまりよくない。第一に、ウィルス検索中にフリーズしてしまうこと。常に固まるのではなく、最後まで検索できるときもある。第二に、これは「お笑いパソコン日誌」経由で知った「アンチ・アンチノートンウィルス」を読んでピンときたもので、ウィルス定義ファイル更新権(年間1500円)の更新間隔がおかしいこと。先月更新したとき、もう1年も経ったのかと感慨深く思っていた。いま調べてみたら、今年の2月にも更新しているのだ。8カ月しか経っていないのに、なぜ期限切れのメッセージが出てきたのだろう。

2001/11/18
広告文の条件

Web掲示板に、ある種の広告が投稿されることがある。そのほとんどがアダルトものかマルチまがいものだ。それらの文体は感嘆符の多用によって特徴づけられる。私の出入りする掲示板の投稿文を見ていると、「!!」があるとか、感嘆符の数が10を超えている投稿は、まず広告文だ。以上のような条件を満たす文は、あらかじめ投稿できないようにするのがよいのかもしれない。もっとも、スタパ斉藤風の文章は書けなくなってしまう。

2001/11/17
イタチごっこ

うちのG4(Yikes! 400MHz)のクロック周波数を450MHzに上げると、Mac OS 9.2.1上でIEを起動して放置しておくだけで確実にフリーズする。残念だが、元に戻したほうがよさそうだ。せっかく蓋を開けるのに元に戻すだけでは詮無い感じがするので、ついでに電源ファンを山洋電気製の12V-0.06Aに交換することにする。あらかじめ立川のビックピーカンで2個買っておいたのが役に立った。ちなみに、同店の自動販売機では缶ジュースが90円で買える。

電源ファン付近に耳を寄せると、電源からの騒音が少なくなったことがわかる。しかし今度は、2台積んでいるハードディスクや側部大型ファンの音が相対的に大きく聞こえるようになった。結局、システム全体としての騒音が減ったようには感じられない。局部的に少しずつ改善していくのではなく、全体を一度に改善しなくてはなるまい。12cmのファンも交換して、さらに流体軸受けのハードディスクを載せればよいが……。

2001/11/16
教育改革いまむかし

遠山啓著作集を読んで驚くのは、GHQが戦後もちこんだ算数・数学教育課程が劣悪だったことだ。戦後民主主義教育として持ち込まれた数学教育課程は米本国でも急進的なもので、子供の能力を無限大と捉え、子供が「自発的」に「問題解決」法を発見することをよしとした。学習指導要領に「数学を教えるのではない」と書かれるほどである。経験主義と生活単元が極端なかたちで導入されており、理論化・体系化がなされない。中1の数学の教科書は世界の屋根の比較ではじまる。ここから図形を学ぶのだそうだが、それは各図形に名称を与えているだけにすぎない。もちろん、学力水準は低下する。その一例は12日の日記にあるとおりだ。

教育課程の改悪と学力水準の低下は、まるでここ15年の我が国の初等・中等教育を見るようだ。「自発性」や「問題解決」に変わって、「新しい学力観」とか「生きる力」とか、さまざまなキャッチフレーズが生み出された。さらに、学力低下に関する当局の反応も似ている。「計算力は低下したが、考える力、問題を処理する力は前より発達した」「今のような程度でも高すぎるということになるかも知れない。もし、そうなれば、かえって程度を下げることこそ、日本の文化を高めることになるともいえる」など、今でも言われそうではないか。

2001/11/15
右と左

遠山啓著作集・数学教育論シリーズもとどく。全部で14巻あるし、こちらは横組の本なので容易には読みすすめられない。まだ教育論シリーズの2冊目の中盤くらいしか読めていないもの。

遠山啓先生といえば、水道方式に代表される数学教育現代化運動を思い起こさせる。そして、その現代化運動の批判者としては小平邦彦先生が挙げられよう。この両者は対立する関係とばかり思いこんでいたし、じじつ平面幾何の扱いについては意見を異にしている。しかし、より大きな視点から見れば両者は同じ立場にあると考えるようになった。

「より大きな視点」とは、算数・数学といった教科別教育ではなく、初等・中等教育全体を貫く姿勢である。たとえば、小学校低学年に理科・社会を実施するのはやめて国語と算数に力を入れよという意見では、両者は完全に一致する。さらに、原理原則に欠けた雑多な話題を教科から外し、基本的な概念の習熟に努めよという点でも共通しているようだ。どうも小平先生のNew Math批判は、日本の現代化運動には当てはまらないように映る。

水道方式はアカだとのレッテルを貼られたことがあった。が、GHQによって押しつけられた劣悪な算数教育課程を批判していた時期には、進歩的な教師から「逆コースに荷担している」と、まったく逆のレッテルを貼られている。たしかに、以下のような文が1955年に書かれていることを思えば、右派だととられても無理のないことかもしれぬ。下は、戦後教育が社会改造主義に陥っていることを批判したものだ。社会の持続を無視して改造のみに力を入れる教育の弊害を説いている。

第一に、読・書・算、つまり三Rと言われるものに対する不当な蔑視がそれです。三Rは社会の改造には役立ちません。私ははっきりと、そう言いたいのです。今まで社会改造がただ一つの目標でしたから、何をするにも“回り回って社会改造の役に立つのだ”という式の無理な論理の運び方が横行していました。しかし、こういう論理は、もうやめようではありませんか。“三Rは社会の改造には役立たない。しかし、社会の持続にとっては不可欠なものだ”と言い切るべきではないでしょうか。

遠山啓(1955)「戦後教育運動の反省――一つの問題提起として」

2001/11/14
G4いじり

頭が痛い。頭をはたらかせるのを観念し、PowerMac G4/400PCI(Yikes!)をいじることにする。10日ほど前に450MHzにクロックアップしてみたのだが、それ以来Mac OS 9.2.1環境にてType2エラーが発生する。VineLinux/PPCやMac OS Xでは起きない。もちろん、クロックアップ時にはTak氏のMystic Roomの世話になっている。

今後のために電源ファンを見てみる。メディアベイの外しかたはkuma氏のGigaMO設置に詳しい。その後はれーらく氏のPowerMac G4静音化大作戦に従う。同氏のページには「元々のファンは3ピン」とあるが、PCIだと2ピンのようだ。中国製で、12V-0.21Aだった。

飯森秀昭氏が、OS Xのマウス追従性能をMac OS並に改善するフリーソフトウェア「USBMouse160」を公開されている。AppleUSBMouse 1.8.6d1 Turbo Editionから乗り換え。ソースもついているので、160cpiが気に入られければ好みの値に変更できる。(いま使用しているロジクールのM-UB48という2ボタンスクロールマウスでは、個人的には120cpiあたりが具合がいい。)

2001/11/13
駅での出来事

風邪が快方に向かわぬものの、用があるので駒場に出向く。行き、JR中央線国立駅で車椅子に乗った方が乗車している。駅内のアナウンスがあり、「業務連絡、車椅子のお客様が武蔵小金井まで乗車中……乗車完了」と響く。どこで下りるかまで放送する必要があるのかしら。もう少しプライバシーへの配慮があればいいのに。武蔵小金井駅では「車椅子のお客様が降車中……降車完了」と流れた。

帰り、京王井の頭線吉祥寺駅の喫煙コーナーに目を向けると、喫煙者8名中7名が女性だった。昼過ぎで女性客が多かったからかもしれぬ。中央線の三鷹駅で特別快速に乗り換えたが、あいにく国分寺駅での待ち合わせ(関西でいう「連絡」)がなく、悔しいので立川まで行く。立川駅のキオスクでYシャツとネクタイとが1セット1500円で販売されているのを見かけ、2セット購入。頭痛がひどくなってきたので、そのまま徒歩で帰宅する。

2001/11/12
学力低下いまむかし

Yahoo! オークションでAppleShare IPの落札に失敗したその日、遠山啓著作集・教育論シリーズ全5巻を2500円で落札した。それが届いたので読みはじめる。おもしろい。ネタの宝庫だ。杉浦康平+鈴木一誌による装丁もいい。これまで私は全集ものに大きな価値を見出してこなかったのだが、こんな装丁なら全集もいいなと考えを改めた。調子に乗ってEasySeekで数学教育論シリーズ全14巻も買ってしまう。(011113追記:こちらはフランス装だった。なんとなく嬉しい。)

ちゃんとしたものを書き出すと長くなって病身に障るので、簡単なネタから。以下に掲げるのは、国立教育研究所が1952年に小学6年生を対象に行なった学力水準調査の問題。正答率は何%と予想されるだろうか。

次の□の中に整数を書き入れなさい。\frac{3}{5}=□ \div □

答は23%である。言いかえると、77%の児童は「分数ができない」小学生だったわけだ。現在では、いったいどれくらいの正答率になるのだろう。気になるので、またまた古本屋で『分数ができない大学生』を注文。

おまけ。「日本の古本屋」は応答時間が短くてよい。洋書の古本なら「赤い靴」か。

2001/11/11
マウスのかたち

いまMacにつけているマウスはロジクールの2ボタンホイールマウス「M-UB48」で、かたちといいボタンの押しやすさといい、その出来には満足している。数年の使用によって色がはげ落ちてきているので、念のため代替品を探してみることにした。

マウスを展示しているところに足を運ぶ。最近の流行は光学式・無線らしく、それらのマウスが多い。私はべつに光学式でなくても無線でなくてもいいのだが、そういう平凡な品物を見つけるのが難しくなった。もう少し詳しく書けば、光学式や無線であってもかまわないのだが、現行のそれらのマウスは操作性に欠けるように思う。

まず気に入らないのは、光学式マウスのかたちがスカートのようになっている点だ。言いかえれば、マウスの底に向けて裾が広がっている。余分な光が射し込まないための工夫なのかもしれないが、持ちづらい。また、無線マウスは電池を内蔵しているために重い。それ以上に、重心が狂っている。

というわけで、その日は結局マウスを購入せずに帰宅した。


2001/11/10
椅子来たる

降りしきる雨の中、コアチェアがとどいた。風邪でぼやけた頭のまま組み立てる。慣性。ではなく完成。今までが悪すぎたのかもしれないが、新しい椅子の感想は「ふつう」。ハイバックにしたのは正解だった。肩の下まで支えられているのは、よい感触だ。失敗したと思っているのは色で、無難な線でグレイにしたつもりが、意外なことに机の黒と合わない。まだ前の椅子の紺のほうが合っている。背もたれ部に黒のウィンドブレーカーを巻いて、お茶をにごすことにした。

2001/11/9
再びIEのフォント設定

Internet Explorer(Windows版)にユーザースタイルシート機能があることは承知していたが、その利便性は理解していなかった。私にとって都合がよいのは、この機能を利用すればフォントサイズを細かく制御できる点だ。たとえば、Mac系のサイトにまま見られるような細かすぎるピクセル指定も、「Web ページで指定されたフォント サイズを使用しない」にチェックを入れておけば修正できる。

ところが、ユーザースタイルシートでもフォントサイズが変更できないページがある。それは、FONT size=で指定されている場合だ。たとえばasahi.comなどがそうで、そういったサイトを標準以外の寸法指定で表示させると文字がガタガタになったりレイアウトが大きく崩れたりする。FONT size=までIEで個別に指定できるようになれば完璧なのだが。

2001/11/8
椅子を買う

今年の春ごろから、自宅の事務用椅子に不満をもっていた。新しくできた留学生センターは椅子が充実していて、そういった性能のよい椅子に座ったあとだと、いまの椅子の具合の悪さがいっそう身にしみる。実際問題、椅子の出来不出来は肩や腰に響く。「iMNL」というニューズレターの中に広重隆樹「ネットワーカーの腰を守る『最適椅子』を求めて」(iMNL vol1, 2000)があって、その内容に同意した。ちなみに、椅子の展示は新宿・小田急ハルクがよいという。

もっとも、私が必要としているのはアーロンチェアリープチェアといった「究極の」椅子ではない。これらは身分不相応だ。一般の事務椅子としてよくできたものがあれば、それでよい。椅子や靴など身体に密着する製品は実際に触って確かめるべきなのだが、不精のためウェブを参考にする。事務機器製造各社を見てまわり、内田洋行のコアチェアに決めた。腰の部分と背中の部分とが独立してリクライニングする。肘なしのフリーシンクロ、ハイバック。オカモトヤにて3割引きで購入できる。自分への誕生日祝いだ。追って感想を書こう。

ところで、人間工学に基づいた設計を標榜する椅子には、ふつう肘かけがついている。パソコンの操作時には、肘を肘かけで支えるのがよいという。しかし、私は苦手だ。キーボードで入力するときには椅子を机に近づけたいのだが、肘かけがあると引っかかって近づけられない。腕は机の上に乗せているので、肘かけがなくても腕が宙ぶらりんの状態にはなることはない。嬉しいことに、肘かけのない椅子のほうが安価だ。非標準的な選好をもっていてよかったと感じる瞬間である。

2001/11/7
アイコン大好き

アイコンが好きだ。一定の小さな領域の中で直観に訴えるよう表現するのは、そう容易なことではない。特に、少ない色数で見事に表現しきっているアイコンを見ると感動する。(盆栽の世界みたいだが。)Mac OS 7.x時代のゴミ箱アイコンもそのひとつだ。Windowsでは美しくないものが多かったのだが、近年の改善は著しい。たとえば「ドラアイコン衆」を見よ。

.javaのアイコンとしていいものはないか探していたところ、「AiconZ」のJava関連アイコン集が見つかった。「小さなアイコン」にしても明確にわかる、優れたアイコンだ。こうなると今度は.texもほしくなってくるのだが、こちらは見つかっていない。ならば自作せよというわけで検討に入っているのだが、小アイコンでライオンを書くのに難航している。

2001/11/6
誕生日に学んだこと

朝。目覚まし時計のベルを止めようとして寝ぼけたまま手を伸ばした先は、その隣に置いてあった加湿器の蒸気噴出口だった。おかげで一瞬にして眠気は根絶されたが、やけどの痛みが数時間つづく。水泡のため、キーボードが打ちづらい。教訓:似た性質・形状で危険なものは、お互い離れたところに置くこと。

2001/11/5
右か左かそれ以前か

Windows画面ではランチャーを画面右に配している(かなり古いが私のデスクトップ)ので、その調子でドックを右に寄せてみた。不思議と、さほど使いやすくない。閉じるや縮小などのボタンがウィンドウ左上に位置するので、ドックからのマウスの移動が難儀だ。左にやるほうがよい案配だが、ゴミ箱が左だとどうも馴染めない。ひょっとして、ドックは実はWindowsのタスクバーよりもずっと使いづらいのではないだろうか。

2001/11/4
それいけベイジアン

小島寛之『サイバー経済学』(集英社新書110、2001年)。小島先生といえば、私には『高校への数学』の執筆者としての記憶が大きい。『数学ワンダーランド』はおもしろかった。こんな本を出していたのかという驚きから手にとってみた。この著書は、章によって文体がかなりぶれている。全体として理屈っぽい説明の多い章だとこなれた感じなのだが、主張が中心になってくると荒いというか堅い文面になる。

経済学(ゲーム理論を含む)と統計学を結びつけた話題だが、不思議と計量経済学の話題がない。前半2章、3章では、ベイズ推定(これはあまり見ない)と金融工学の話題(これはよくある)。第4章からはネオケインジアン的なマクロ政策(これもよくある)の話。ベイジアンはいまや米国の統計学界の主流になっているそうだ。ベイズ推定について無知なので、2章を特に時間をかけて読んだ……が、わからない。恥ずかしながらp.62が理解できない。ちゃんとした教科書を読んだほうがいいのだろう。

2001/11/3
山のあなたの空遠く

うたた寝しているあいだに、Yahoo! オークションでAppleShare IPの落札を逃してしまった。某所のWebサイト立ち上げのためにWebサーバーが必要になり、とはいえLinuxボックスを渡して「あとは任せた」では無責任かつ危険なので、一定のセキュリティ水準を満たした管理が誰でもできるソフトウェアとしてAppleShare IPに注目していた。それから1時間ばかり、気が沈む。

しかし落ち着いて考えてみると、現時点で必要なのはHTTPサーバーとFTPサーバーだけだ。これくらいなら、Mac OS用に必要十分なソフトウェアがあるのではないか。調べてみたところ、HTTPdとしてはMacHTTP(free)が、FTPdとしてはNetPresenz($10)が、さらにメールサーバーとしてはSIMS(free)があることを知る。試しに家のMacで実験してみる。十分。参考ページ:「Macでインターネットサーバー」「Macintosh LAN」「自作マニュアル and 資料の部屋」。

表題は、桂枝雀のネタから。「山のあなたの空遠くに幸いが住んでるってことは、ここには幸せはないんですか?」「いや、ここにもあるよ。山のあなたの空遠くから見たら、ここが山のあなたの空遠くだから」。

2001/11/2
意欲の有無

波多野誼余夫・稲垣佳世子『無気力の心理学――やりがいの条件』(中公新書599、1981年)を読む。無力感といってもヒトだけの機能ではなくイヌやネズミなどの哺乳類に見られる。無力感が日常化すると、抵抗力も弱くなるようだ。無力感の反対を「効力感」と同書は名づけ、自分の動作に対する適切な応答、すなわち自律性があることで効力感が得られると主張している。

たとえば、報酬で釣ると意欲が低下することがある。これは、報酬が外部から与えられたものだからだ。また、あまりに徹底した分業よりも一定のまとまりを持った部品組立のほうが作業が効率的になるという例も、完全な分業では自分の仕事から返ってくるものが感じとれなくなる危険があるからだろう。自分で何かを動かしている、という感覚は大事なようだ。

こういう心理学の実験は眉に唾をつけてしまう悪い癖があるのだけれど、むかし新聞で読んだ記事に、TVを長時間見る児童は成績不良だが、TVゲームではその傾向が見られなかったという報告があった。TVゲームは利用者が能動的に働きかける点でTVとは異なり、むしろ計算機操作に近い(というか、そのものである)。計算機が好きな人は、自分の意思で動かしているところに楽しさを見出しているのだろう。

2001/11/1
IEにフォントセットを

Mac版のInternet ExplorerがWindows版のそれとくらべて優秀な点に、書体設定がある。Win-IEは標準書体、等幅書体の2種類が選べるだけだが、Mac-IEはもっと細かい設定が可能だ。

Macintosh版IEのフォント設定

ただ、上の細かい設定はほぼすべてラテン文字に関することで、日本語書体とはあまり関係がない。Mac OS Xにはヒラギノ3、6とせっかくウェイトの異なる書体が標準で入っているのだから、通常でW3、ボールドでW6といった設定ができればいい。

Windows版のIEでは、従属欧文書体が設定できるようになると嬉しい。たとえば2バイト文字はMSゴシックで、1バイト文字はArialで表示する――という機能があると、日本語サイトから西欧のサイトまでを1つの設定で見ることができて便利だ。(この場合には半角カタカナが表示できなくなるが、それより欧文書体を優先させる人もいるだろう。)