2001/10/31
ものの良し悪し

「違いのわかる人に」という売り言葉がある。あいにく、こちらは違いがわからない。特に食品はまったくダメで、お茶を除くと良し悪しがわからない。一応、口にするものは何でもおいしいと感じているので幸せだと思うことにしている。計算機とは長いつきあいなので、さすがにだいぶわかるようになってきた。その他、成長するにつれて違いのわかる商品の種類がいくつか出てきた。

ものの良し悪しがわかったあとで痛感するのは、良いものは概して高いという現実だ。この前、本を箱に収納している最中に本棚から本が雪崩てきて顔面に激突し、眼鏡がゆがんでしまった。それを直してもらうために近所の眼鏡店に出向く。(ここはなぜかコンタクトレンズの洗浄液が安いので、3本買う。計1200円。)その店で見かけた眼鏡のひとつが妙に素敵で次回の購入候補にしようかと思っていたところ、97,800円という尋常ではない値札がぶら下がっていた。とても良さそうなのだけれど、もちろん買える値段ではない。

2001/10/30
インタビュー

学内メディアからインタビューを受ける。転学部者の経験談が聞きたいそうだ。例によって動機やら感想やらを聞かれるのだが、今となって答えると後付けの理由になってしまう。もっとも、計画性がある人ならば転学部などする必要のない人生を送るだろう。自身以外の転学部者は数名しか知らないけれど、みなあまり堅気な人ではなさそうだ。

2001/10/29
Mac OS Xのセキュリティ

ディスクウォーリアのCD-ROMで起動してMac OS XのHFS+パーティションを最適化していたときに感じたこと。Mac OS 9のCD-ROMから起動すればOS Xのパーティションは丸見えであり、アクセス権限などあったものではないと思うのだが、これは杞憂なのだろうか。(追記011103:各方面から「他のOSでも同じじゃん」とツッコミを受けました。)

2001/10/28
社会人と正社員と資格社会と

留学生センターの紀要に掲載されていた論文に、日本ではきわめて一般的(Gooleで検索すると約264,000件出てくる)な「社会人」という単語を1英単語で表現することができないと書かれていた。私自身が最も頻繁に使用する和英辞典である『プログレッシブ和英中辞典』を引くと、「a (working) member of society」とある。なかなか考えられていると思う。

国語辞典にあるとおり、社会人には[1]自立して実社会で生活する人、[2]社会を構成している一人の人間(三省堂『辞林21』より)という2種類の意味がある。「社会人として不適切な行動」などというと後者の意味であり、「社会人野球」「新社会人」「社会人入試」というと前者の意味になる。上の英単語でworkingが括弧付きであるのは、[1][2]を含んでいるためだろう。

[1]の意味では、明示的・暗示的に「学生」と対比させて用いられることが多い。(そもそも[2]の意味だと「学生」とて社会人になる。)例えば奨学金によって自活している学生は社会人とは呼ばれないだろう。また、フリーアルバイターも社会人と呼ばれるかどうか疑問に感じる。[1]は、会社の正社員が多数派であることを前提とした表現なのだろう。

この前、「正社員予備軍の一橋に風穴を開ける」と標榜している某集団の研究会に顔を出した。ウォーラステインを読みながら雑談をするというもので、おもしろいなと思ったのは資格が低次元化しているという指摘だ。ボイラー4級、英検準2級など、そんな資格に必然性があるのか疑いたくなるようなものがあるという。その研究会では、資格社会を批判する論調だった。

しかし、資格社会は身分社会よりもはるかに健全である。日本では長らく、博士号以外は資格ではなく単なる称号だった。そのため、学位そのものよりも学位を授与した学校(学校歴)が重要視された。学校歴は、それが生涯消えることのない点で身分に近い。私が危惧するのは、資格が身分の代理として捉えられ、身分をもたないと不安な人々の幻想がそれを肥大化させることである。

2001/10/27
細明朝体とInternet ExplorerとAcrobat Readerと

Mac OS X 10.1に付属するInternet Explorer 5.1で、表示書体をヒラギノにすると美しい。が、スクロールが遅くなる。TrueTypeのOsakaだとスクロールはまともだが、あまり美しくはない。TinkerToolでビットマップ表示にする手もあるのだが、私はOsaka 14ptのラテン文字が苦手だ。しかたがないので、Classicから細明朝体をもってきて14ptで表示させる。これだとOS 9のときとまったく変わらず進歩のないように感ぜられるが、まあよい。

ところが、細明朝体のインストールには不都合があった。リュウミンL-KLが埋め込まれていないPDF書類――TeXで作成されたものは、たいていそうだ――において日本文字が表示できず、下図のような警告が出る。

Acrobat Reader 5による警告画面

2001/10/26
しゃべるな、聞け

東山紘久『プロカウンセラーの聞く技術』(創元社、2000年)を読む。河合隼雄門下の人。脈絡のない構成なので、勝手に解釈して再構成しよう。相手の話を上手に聞くには、(1)相手の流れに乗って相手に話させること、(2)自分からは話さないこと、の2点がポイントだ。(1)に関連した技術としては、(a)適切な間で多種の相づちを打つ、(b)話を聞き出そうとしない(askをしない)、(c)長時間の沈黙に耐えうる雰囲気をつくることなどがある。問題は(2)である。

「おぼしき事いはぬは腹ふくるゝわざ」(『徒然草』第19段)と言うように、こちらから話さずに相手の話を聞きつづけるのは神経を消耗する作業だ。上手に聞く技術は、聞く者の負担を軽減するものである。(a)相手のことは相手のこととして処理する。ただ、あまりに露骨だと「まじめに聞いてくれていない」という印象を与えるので、(b)相手の話の内容そのものより、なぜその話をするのかという動機・背景に興味を抱くと分析的に話が聞ける。

前掲書p.185から。「現実のすべてに狂いがあった女性患者」にお茶の嗜みがあることを知ったカウンセラーは、「お茶療法」を試みる。女性は不思議とお手前を受けるときにだけ作法がよみがり、正気が戻るのだった。この繰り返しによって、女性は快復したそうだ。儀式や作法は、現実と非現実とを結びつける役割をもっている、という。説教を受けている子供は話の内容を聞いているのではなく形式を理解しているのだ、とは養老孟司の弁。

2001/10/25
OS来たり

Mac OS X 10.1がとどいた。長かった。狩野賢志さんの日記にOS Xでの試験が必要とあったので焦っていたのだが、結局なかなか来ずに今週まで待たされる羽目になった。

そんなに試す時間がないのだが、とりあえずAdaptecの2930経由で接続したMOドライブが認識されたので喜ぶ。FATのMOメディアも、540MBまでなら読んでくれる。あと、invisible指定のドライブはFinderから見えないようになった。Internet Explorerは初回6秒で起動する。STYLE23の「Classic起動に必要な機能拡張書類」を参考に機能拡張類を不使用にすると、Classic環境の起動も16秒に短縮された。

OS Xをインストールしたパーティションは2.6GBしかない。最初のインストール時に、英語・日本語以外の各種言語ファイルは入れないようにし、また他社製プリンター用のドライバーも入れなかったので、あるていどの節約はできている。(それにしても、多数の言語を収録した状態で、今後もOSを1枚のCD-ROMに収めることができるのだろうか?)できれば/Applicationsを別パーティションに移したいのだが、現在のところそれができていない。

2001/10/24
箱来たり

書籍を収納する段ボール箱が100箱とどいた。うち50箱は単行本向け、残り50箱は教科書向けになっている。箱を組み立てては本を放り込んでいく。現在、22箱消費したところで落ち着いている。自分で指定したのだから当たり前だけれど、本がぴったり収まるのに感動した。「これから本は棚から箱へ」と、売り言葉まで作ってしまった。8月にお会いしたときに「あの箱はどうなってるんですか?」と問いかけていらっしゃった狩野宏樹さんにも、これで顔合わせができるというものだ。

問題もある。六畳一間の部屋に存在する未使用の段ボール箱78箱は、かなりの空間を占有している。要するに邪魔。今年まで隣に住んでいたTさんは我が家の惨状を見て、「よくこんなところに僕は住んでいたなあ」との感想をもらしていた。100箱も不要だろうという向きに弁解しておくと、段ボールは限界費用が小さく、50箱も100箱もたいして値段が変わらなかった。お世話になっている方々に配っても、まだ余るだろう。そういうわけで、段ボール箱がほしい方は、遠慮なくどうぞ。取りに来てくださるなら、差し上げます。

段ボール箱に収納する案は気に入った。引っ越しのときにも便利そうだ。すると今度は、教科書や単行本だけでなく、さまざまなサイズの書籍を箱に収納したくなってくる。一番手は、オイラリー本の寸法だ。こいつらはけっこう場所をとるので、なんとか箱にしまいたい。

2001/10/23
ノートPCが好き

むかしから、初心者がパソコンを買うなら卓上型かノート型かという議論がある。数年前に学内メディアでも同様な話題(たしか著者は神田大介さん)があって、貧乏学生には卓上型という意見を見かけた。ところが型落ちのノートPCが新品でも10万円強、中古だと10万円未満で買えるようになるなど、与件は変化している。

ノートPCの利点に、容易に持ち運べることがある。といっても、べつに「モバイルできる」ことがすばらしいとは感じない。むしろ、初心者が問題にぶつかったときに熟達者のところへ持っていける点を評価したい。初心者は問題の現状を適切に説明できないので、電話を通じての対処には困難がある。相談を受ける身になってみれば、持ってきてくれたほうが便利だろう。

2001/10/22
拡張子を隠すな

Mac OS X 10.1で、Windowsに似た「拡張子を隠す」機能が搭載された。飯森秀昭さんがCoela 1.0b6 Manualでおっしゃっているとおり、これは改悪である。同氏が主張する「ワンタッチでtype/creator/ファイル内容から拡張子を付けたり、逆に拡張子からtype/creatorを付ける機能」のほうが望ましい。

Windowsも、拡張子は初期状態で見えなくしている。そうなった理由は承知していないが、お仕着せの状態を脱しようとする者にとって不都合なことは事実だ。Windowsが拡張子によってファイル種別を判別していることの理解は大事だし、もう少しCUI寄りのソフトウェアを扱う段になれば拡張子が見えないと不便きわまりない。

ただし、拡張子を表示させているとファイル名の変更がわずらわしいときがある。初心者なら、ファイル名といっしょに拡張子まで変更してしまうかもしれない。(警告は出るものの、無視される危険は常にある。)また、拡張子のいらないMacなら下の状態で気兼ねなしにキー入力できるが、Windowsでは拡張子のぶんだけ「←」キーを押して拡張子に触れないようにするか、あるいはいったんファイル名を全消去したあとで再度「.xls」と入力する必要がある。

現行リネーム画面

そういった点を考慮に入れれば、Windowsの初期状態は現行の「隠す」よりも「見せるけれどExplorer上では変更できない」としたほうがよいように思う。つまり、ファイル名変更画面は以下のような感じになる。拡張子の部分を灰色表示にするなど、ほかにも工夫の余地はあろう。

改良リネーム画面

2001/10/21
本の中の言葉から

これまた古本屋で購った森嶋通夫『血にコクリコの花咲けば――ある人生の記録』(朝日新聞社、1997年)を読み終える。森嶋先生の高校から海軍時代までの話。戦前における京大マルクス主義経済学者の右翼化に関して、植民地を持てる者と持たざる者とのあいだにおける資本主義諸国間の階級闘争という視点ではマルクス主義者と右翼とは意見が一致するという主張は考慮に値する。あとは特に興味を抱かないが、よい言葉が2カ所あった。

私は話を切り出した。「大学を卒業したら、学校の先生になりたいと思っているので、いまからその積もりで指導願えないでしょうか」という私の懇願に対する先生の返答は、「君、どんな本を読んでいるの」であった。

その頃、私は当時の有名な経済学者のいわゆる「名著」を次々と読んでいた。月並みであったとはいえ、私は日本の一流の先生が書いた有名な書物を読みあさっていたのである。先生はそのことを知ると
「ああそうですか。そういうつまらない書物は止めてしまいなさい。書物は吟味しないと、頭を荒らしてしまいます」
と厳しい顔で、つき放すように言った(pp.78-79)。

上は、京大に入り立ての森嶋先生に青山先生が語った読書論だ。賛同できる。私の頭は荒れ放題といったところだろう。下は、学徒出陣で出征する森嶋先生に母親が贈った言葉。

私が海兵団に入団する前の晩に母は、「軍隊に行けば女の人に会うこともあると思うが、どんな女の人にもお母さんがいるということを忘れないで頂戴ね。それから手柄をたてようなど思わないように」とだけ言った。父は何も言わなかった。家族の誰もが、万歳とも天皇陛下とも言わなかった。それだけに母の言葉は永く私の胸に残った(p.93)。


2001/10/20
即席+即席

近所のスーパー・西友で買い物をしているとき、「ラーメンの具」を見かけた。この商品はワカメやトウモロコシ・ニンジンの干物で、即席ラーメンに入れる即席の具である。面倒な具の調理を嫌がって麺だけを煮込んでいた私にとって、この商品の登場は画期的だ。

2001/10/19
リンクを張る

川崎高志さんのホームページで公開されている「リンク作成シェル拡張 for Windows 2000」を使う。NTFSフォーマットのWindows 2000で、シンボリックリンク・ハードリンクが作成できる。Windowsアプリケーションの中にはショートカットを認識してくれないものもあるので、リンク作成が便利だ。ほか、Cygwin(c:\cygwin以下)と他のWindowsアプリケーション(c:\usr\local以下やc:\gsc:\Perlなど)との共存に使えないかしらと思いをはせる。

2001/10/18
文庫と新書

読書の秋なのか、この3日ほど私の中で文庫・新書ブームが起きている。a.都筑卓司『マックスウェルの悪魔――確率から物理学へ』(講談社ブルーバックス、1972年)、b.なだいなだ『人間、この非人間的なもの』(ちくま文庫、1985年、原版1972年)、c.マックス・ヴェーパー『職業としての学問』(尾高邦雄訳、岩波文庫、1980年)、d.マックス・ヴェーバー『職業としての政治』(脇圭平訳、岩波文庫、1980年)、e.田中彰『小国主義――日本の近代を読みなおす』(岩波新書、1999年)、f.諏訪邦夫『情報を捨てる技術――あふれる情報のどれをどう捨てるか』(講談社ブルーバックス、2000年)。

aは、「もしマクスウェルの悪魔がいたら」という仮定法の世界ではどのような現象が起こるかを説明するというのだが、あまり成功していない。正攻法のほうがよかったのではないか。太陽光がありがたいのは、地球よりもかなり温度が高い(差が大きい→negatoropyが大きい)ことだという。仮にエネルギー総量が同じでも、太陽の表面温度が300Kほどだったら、いまの地球ようにはならない(p.242)。ちなみに同書では、人類は情報量爆発に耐えられなくなるとの予言を紹介している。

bは、10年ほど前から読んでみたいと思っていたもの。たしか中学校の塾の教材で、トラックが突っ込んでくる話を読んで、おもしろそうだと感じた記憶がある。固定ファンがつくような著者の本は、古本屋で見つけにくい。(中井久夫先生や宮台真司先生の本を古本屋で見かけたことがない。)「残酷と想像力」とか「きれい好きな殺人者の手」とか「小さい大人と大きい子供と」とか「日の丸を掲げる人と日の丸に掲げられる人」などを読んでいると、「失われた10年」どころか、この30年間で社会の進歩はほとんどなかったのだなという気になるのだが。

今回読んでよかったと思っているのがcとdで、岩波文庫の新訳ってけっこう読みやすい。cにおいては、学問が高度に専門化した以上「実際に学問上の仕事を完成したという誇りは、ひとり自己の専門に閉じこもることによってのみ得られる」と諦観し、講義においてはけっして政治的主張をしてはならぬと主張する。dでは、政治は信条だけでなく現実に即した態度が不可欠であると述べ、自らが倫理的な行動をしているのではないと自覚し結果に対する責任を感じる「倫理」を「職業として政治」する者に求めている。職人魂をもった職人に徹せよということなのだろう。そう厚くないから、1時間強で読めてしまうのも嬉しい。

eは、新書類を段ボール箱に片付けていたら、偶然出てきた本。まだ読んでいなかったことに気がつき、読みはじめる。いや、おもしろい。あまりにおもしろくて『特命全権大使米欧回覧実記』(岩波文庫)を買ってしまった。岩倉使節団、植木枝盛・中江兆民、三浦銕太郎・石橋湛山、そして日本国憲法に見られる小国主義の理念が語られている。「富国強兵」を、強兵していたら富国に支障が出るじゃないかと批判する中江兆民に大love。石橋湛山は偉いなあという思いを改めて強くした。

fは古本屋に350円で出ていたので購入。30分未満で読めてしまう本。野口悠紀雄『「超」整理法』の精神を理解している人なら、まず買う必要はない。この本で私が感心した部分は、「教育は大脳の中の情報量を増し大脳内部のネットワークを複雑化精密化するプロセスなのに対し、トレーニングは大脳を使って小脳を鍛えるプロセス」(p.131)という表現で、これだけで元はとれたと思いたい。

2001/10/17
Rですよ

ことしの春、二見さんがS-PLUSクローンのRを強力に推薦していた。「RですよR。PerlじゃなくてRです。TSPはいけません自主性がなくて。Shazamもダメです。統計には断固としてRなんです」。この言葉を思い出したのは、W. N. ヴェナブルズ、B. D. リプリー『S-PLUSによる統計解析』(伊藤幹夫・大津泰介・戸瀬信之・中東雅樹訳、シュプリンガー・フェアラーク東京、2001年)を生協で見かけたからだ。苅谷剛彦『階層化日本と教育危機――不平等再生産から意欲格差社会へ』(有信堂、2001年)を買おうか買うまいか悩んでいたら、たまたま隣にあって目に入った。結局、2冊とも買う羽目になる。

R ProjectからRのWindows版をダウンロードして、先の本を見ながら使ってみる。データセットなどは著者らのページ(?)から得られる。第1章の「1.1 Sを概観する」の一番最初のプログラム例に誤植があって、しばらくわからず悩む。p.5の第2行library(MASS)のあとにmean(chem)となっているところは、そのまえにdata(chem)を実行しなくてはならない。

2001/10/16
Yahoo! ファイナンス格差

株価推移のグラフで注目すべきは変化率だから、対数目盛りで見るとわかりやすい。米国Yahoo! Financeでは対数目盛り表示が可能だったが、かつてYahoo! ファイナンスではそれが不可能だった。もっとも、やがて日本のYahoo!でも対数目盛りで表示できるようになり、格差の解消に安心していた。

ところが、差は残されていた。たとえば為替予測がそうだ。Yahoo! ファイナンスには、現状のクロスレート表しか載っていない。ところがYahoo! Financeでは、Currency Forecastを見ることができる。

2001/10/15
バングラデシュの歴史

何の気なしに受講してみた地域経済概論Aはバングラデシュの話で、おもしろい。バングラデシュといえば、人口密度が世界一高いこと、国旗が日の丸に似ていること、くらいしか知らなかった。なにしろ、ベンガル地方といえばバングラデシュのあたりを指す――といった常識に近いらしい事実すら頭になかったのだ。もちろん、バングラデシュがかつての東パキスタンであったことにも無知だった。

近代のバングラデシュの歴史は3期に分けることができる。第1期はイギリス植民地時代(1757〜1947)、第2期はパキスタン時代(1947〜1971)、第3期はバングラデシュ時代(1971〜)である。10月11日の講義では第1期が語られたので、以下に概略を記す。

ベンガル地方はムガル帝国の一部だったが、比較的独立性が高かった。帝国が衰退する中、イギリスとフランスとで植民地化をめぐって争いが起こる。1757年のプラッシーの戦いののちイギリスの傀儡政権が誕生したが、政権が反英的になっていくのを察知したイギリスは1765年にベンガルを領有する。

領有当初の試行錯誤の末、1793年に支配体制が確立する。それは、ザミンダール(領主)に土地所有権を与え、ライアット(農民)をその下に置くものだった。警察権・裁判権は植民地政府が押さえたから、ザミンダールは領主というよりは地主へと実質を変えた。また耕作地を取り上げられるかたちとなったライアットは、自作人から小作人となった。

植民地経営でまず作付けされた農作物は藍である。(もうひとつ、阿片があった。)藍草農民が耕作した藍を原料にファクトリーで藍玉が製造され、完成した藍玉は代理商会で取り引きされた。代理商会は、ファクトリーの融資元でもある。ところが恐慌が発生すると、融資が厳しくなる。それは自ずとファクトリーによる農民の締め上げを生じさせ、やがてインディゴ農民の反乱をもたらす。反乱の結果、ファクトリーは姿を消した。ここまでが19世紀中ごろの話だ。

藍のつぎに作付けされたのはジュートだった。ジュートは付加価値の高い作物だったから、農民の実質所得は向上した。この時期に人口が急速に増えていき、また人口密度も高くなっている。また、商品作物としてのジュートの成功は、自給自足型の経済を崩すことにもなった。米の生産をやめてジュートを開発する農家が現われたのである。都市の人口増もあいまって米の需要は高まっていたため、米価が上昇した。これが、ジャングルを切り開いた新田開発に結びつく。

当時の農業社会構造は複雑で、さまざまな中間地主が存在していた。そこへきて1929年の世界大恐慌が発生し、階層構造が崩れる。そしてジュートから米へと経済構造が逆戻りし、バングラデシュは貧困への道を歩みはじめる。

2001/10/14
プリンタードライバーとブルー画面

留学生センターのCAI室で、Wordファイルを開くとブルー画面になるという現象が発生していた。長年の習慣からWordを悪玉としていたのだが、ブルー画面の原因となったファイルを調べていて、原因はプリンター(OKI MICROLINE 24DXn)のドライバーにあることがわかった。このプリンターの電源が入っているときにフロッピーを挿入してWordファイルを開くとブルー画面になる現象が起きていたのを思い出し、ドライバーを最新のものに更新することで事態は解決された。

いまになって思えば、プリンター設定がMICROLINE 24DXnになっているファイルを開くと症状が発生していたのだろう。

2001/10/13
「民衆」の値踏み

杉本栄一『近代経済学の解明(上)』を読んでいると、「労働者階級」への評価が高いことに気がつく。先生がマルクス主義経済学者であったことや、労働運動が盛んだったの当時の時代背景があったのだろう。労働者は、みな近代を自覚しているような感じだ。

ひょんなことから冬学期は経済史Cを履修している。水曜担当の池亨先生は「戦後歴史学」の問題点として、民衆の社会変革の指向や能力を過大視していたのではないかという点を取り上げていた。なるほど、たしかに民衆が社会運動を起こすのは、むしろ変革に反対し伝統的生活を保存するためであることが多そうだ。安保反対闘争やベトナム戦争反対運動が広まったのは、まさに反対運動だったからかもしれない。スローガンで言えば、「○×を変えよ」より「○×を守れ」のほうが訴求力がある……のかなあ。

どうでもいいが、退官した松石先生にしろ池先生にしろ、本学のマルクス主義経済学者にかぎって自らの書籍の売り込みに熱心なのは興味深い現象だ。一橋大学は阪大と同じく戦後一貫して近代経済学が支配的だったから、そのぶん屈折がはたらくのだろうか。

2001/10/12
古典的大学生の仮定

杉本栄一『近代経済学の解明(上)――第1巻 その系譜と現代的評価』(岩波文庫、原版1950年)を読み終える。諸学派の形成過程を記した本書は外側から様子を眺めるのに都合がよく、社会学部生向けか。個人的には、森嶋通夫『思想としての近代経済学』(岩波新書、1994年)のほうが楽しかった。

同書の序章IIIよれば経済学入門書には3つの型があり、その第3の型「思想史的に、またその基底であるところの経済社会の歴史との関連において、経済学を理解していく」(p.30)かたちを杉本先生は推している。その理由は、経済学を学びはじめる若い人たちは「とかく歴史であるとか、哲学であるとか、あるいは文学といったような、そういう科目を専門的な個別科目よりも一層興味をもって勉強する」(p.32)からだそうだ。

上に述べたような教養重視の雰囲気は、たしかに1950年当時の大学生にはあったのかもしれぬ――と感嘆した。大学進学率が50%に近づきつつある今日、このような者を見つけるのは難しいだろう。私についていえば、歴史にはまだ興味がなくはないものの、哲学とか文学の話題にはついていけない。

ついでに述べると、歴史を軸に学習を進めていく方法が経済学に合っているとも私は考えない。数学を歴史の順序に沿って学ぶのが不適切なのと同じく、経済学のような準科学的分野、しかも「光を求める学問であるとともに、果実を求める学問」(ピグー)には、工学を学ぶのと同じ方法をとったほうがよい。

2001/10/11
書くことと打つこと

手で書くときと鍵盤で入力するときとで、日本語文の内容は変わるものだろうか。漢字を直接書くことにくらべれば、仮名漢字変換はいったん仮名を打っているぶん音に近い。この傾向は、親指シフトや旧JISなどの仮名入力で顕著で、私はわりとリズムに引きずられてしまう。

『計量国語学』という雑誌があって、その英語名はMathematical Linguisticsとなっており誤訳も甚だしいが、19巻3号に金・樺島・村上「手書きとワープロとによる文章の計量分析」(1993)がある。それによれば、(1)難しい漢字はワープロのほうが多く使われる、(2)文章の量がワープロだと長くなる傾向にある?(有意水準5%では×なのだが)そうで、あとは手書きもワープロも変わらないという。

しかしこの論文は、音に関しては何も調べていない。たとえば、いちど仮名にひらいて処理すれば、けっこうおもしろい知見が得られるかもしれない。


2001/10/10
段ボールの収納箱、続報

段ボール製の収納箱が吉祥寺の西友で売られているという情報を得たので、出かけてみた。なるほど、4階の文具売り場に「ナチュラル収納BOXシリーズ」コーナーがある。シリーズのなかで本が収納できそうなのは、コミック収納ボックスとビデオ収納ボックスだ。我が家にはコミックもビデオテープも1巻もないが、新書が保存できる可能性を鑑み、それぞれ購入してみた。各98円。

結論から述べると、ビデオ収納ボックスは岩波新書・ちくま新書を収めるのにいい。中公新書や講談社ブルーバックスには、わずかながら深さが足りない。コミック収納ボックスの用途はかぎられる。ジャストB6判の書籍は入るが、いわゆる単行本サイズ(四六判)が入らない。

これらのシリーズは、楽天の中の100円ショップで購入することができる。同ページには、西友にはなかった文庫本収納ボックスが売られているので、注文してみた。これまた残念ながら、ライブラリー判は入らないようだ。

ちなみに、オーダーメイドの箱の件は、とりあえず単純な型の段ボールを注文することにした。現在、教科書サイズと単行本サイズの箱を見積もってもらっている。

2001/10/9
大きな太陽、大きな月

少し前、夕日がとても大きく見えて、しばらく見とれていた。その翌日には、上りはじめたばかりの月がかなり大きく見えて、こちらは夕日以上に長時間見ていた。そういえば、地平線に近い太陽や月が大きく見えるのは、なぜなのだろう。ちょっと考えただけでは、地平線すれすれにあろうが空高く上っていようが、地球からの距離は変わらないように思えるのだが。

あちらこちら(その1その2その3その4)によれば、ただの錯覚らしい。

2001/10/8
白物化するFAX

大阪府枚方市の実家への近況報告には、FAXを使っている。私があまり電話好きでないのと、電話だと料金がかさむことから、現在のような方法になった。ところが実家の三洋電機製FAXは何年か前から調子が悪く、機械を押さえつけておかないとロール紙を認識しない。そこで、手頃な価格のものがあれば購入して実家に送ろうと考えていた。

ヨドバシカメラ新宿西口店の売り場に並んでいるFAXは、その多くが白色をしている。4年前に私が買ったFAXは灰色で、その当時は黒や灰色のものが多かった。それが今や白ばかりで、黒色のものはブラザー製しか見つけることができない。購入を決めて実家に送付した日本電気製のFAXも、もちろん白い。家庭用FAXは、白物家電と認知されてしまったのだろうか。

2001/10/7
ディスクウォーリア初体験

Mac OS用のディスク診断・修復ソフトウェアとして、ディスクウォーリア2.1を買ってみた。立川のビックピーカンで7500円ほど。いままではノートン・ユーティリティーズを使用していたのだが、Norton Disk DoctorとSpeedDiskしか使わないのに大枚をはたくのがアホらしくなり、更新をやめていた。ディスクウォーリアには修復機能だけでなくディスク最適化機能もあるから、ノートン・ユーティリティーズの代替財とできる。

付属するメディアはCD-Rのように見える。ハードディスクにインストールはせず、そのCDを起動ディスクとして使用している。使いかたは単純で、いかにもMacらしいソフトだ。ディスクにはとりててて問題が発生していないから活躍の機会はないが、個人的には気に入った。

2001/10/6
「当たり」の缶コーヒー

友人たちと台場に出かけたときのこと。某所の自動販売機で友人が買った缶コーヒー(「ルーツ」)には、プレゼントの応募シールが7枚ついていた。念のために私がつづけて買ってみたが、もちろん1枚しかなかった。缶コーヒーにも「当たり」があるのだろうか。

2001/10/5
元ネタ

しばらく前に大学院の試験があって、和文英訳問題で考えさせられた。和文がかなり複雑な構造をしている。このような場合、英語でも複雑に書くべきなのかどうか。結局、和文の複雑さを尊重して関係詞や挿入句をふんだんに入れて書くことにした。それにしても、和文はなかなかの名句である。ケインズ的な思想で個人的にも好みだ。

9月28日に古典を読まなくちゃと書いてあるとおり、ポアンカレ以外にも「古典」と呼ばれる書籍を購入していた。そのうちの1冊を講義中――教官を待っているあいだ――に読みはじめる。怠慢にも最終章から読んでいくのが私の流儀で、今回もそうしていたのだが、しばらく進んだところで目がとまる。あの和文の原文と思われる文章があるではないか。

Moreover, dangerous human proclivities can be canalised into comparatively harmless channels by the existence of opportunities for money-making and private wealth, which, if they cannot be satisfied in this way, may find their outlet in cruelty, the reckless pursuit of personal power and authority, and other forms of self-aggrandisement. It is better that a man should tyrannise over his bank balance than over his fellow-citizens; and whilst the former is sometimes denounced as being but a means to the latter, sometimes at least it is an alternative. But it is not necessary for the stimulation of these activities and the satisfaction of these proclivities that the game should be played for such high stakes as at present. Much lower stakes will serve the purpose equally well, as soon as the players are accustomed to them. The task of transmuting human nature must not be confused with the task of managing it. Though in the ideal commonwealth men may have been taught or inspired or bred to take no interest in the stakes, it may still be wise and prudent statesmanship to allow the game to be played, subject to rules and limitations, so long as the average man, or even a significant section of the community, is in fact strongly addicted to the money-making passion.

勘のよい人はもうわかるだろうが、読んでいた本とはKeynesのThe General Theory of Employment, Interest, and Moneyの24章である。ケインズ的どころか、ケインズそのものだった。

2001/10/4
生涯学習対応社会

一橋大学大学院商学研究科の経営修士課程に在籍している人の中には、かつて社会人だった人が少なくないという。これは、望ましいことだ。大学院拡充を体のよい失業対策だと言う向きがあり、私も半ば同意するけれど、それよりは生涯学習と関連して考えるべきだと思う。

経済学の観点からは、学習は自己への投資という側面で語られることが多い。しかし、学ぶことそのものが楽しい人にとっては、学習は消費活動でもある。「好きだから学ぶ」のは、豊かな社会だからこそ享受できる特権だ。

社会の諸制度も、生涯学習に対応するよう改められないだろうか。個人的希望を言えば、正社員の就業を週3日とし、残りの週3日を大学院で過ごすといった生活がしてみたい。私なんかは社会経験がぜんぜんないから弁護士の統計版みたいな仕事がやってみたいと思うのだが、そんなことをしていると修了に10年くらいかかる危険があってできないでいる。

2001/10/3
親指シフト以前

富士通高見澤コンポーネントが展示機を出しているUSB親指シフト小型キーボードを見て、興奮している。私は、このようなキーボードの登場を待ちつづけていた。Windowsデスクトップ機も使ってもいいかな――という気分にようやくなった。それに、もしキーボードが安価なら、人に薦めることもできる。

親指シフトに転向したのは94年の11月だ。もう7年になるのかと自分でも驚く。それまではどういう配列で打っていたかというと、いわば独自配列だった。JISと新JISを組み合わせた自分勝手な配列で、かな入力だが3段配置を実現していた。Macでは、修飾キー以外のキーはResEditでたやすく変更できる。しかし、それでは私以外の人間が誰も使えないことに気づき、より現実的なキー配列を探して親指シフトにたどり着いた。

2001/10/2
格安PHS計画の頓挫

いま加入しているPHS(DDIポケット)を、「安心だフォン」というコースにしようかと考えていた。あらかじめ決めておいた3回線にしか発信できないが、受信は無制限で、月額使用料金は980円になっている。東京電話アステルにも、「決めトーク」という似たようなコースがある。このコースを採用することで、コスト削減ができると考えていた。

ところが、話はそう甘くない。安心だフォンや決めトークには専用の端末が必要になり、それが高い。ちなみに現在の相場は、前者が6800円、後者が5800円である。ふつうのPHSは1円で売られているから、この差は大きい。また、DDIポケットの年間割引制度はコース単位でかかってくるものだそうで、年次途中でコースを変更すると4000円の罰金がかかる。それを知って、もはや心は解約に傾きつつある。

2001/10/1
IE6とType1印刷

ふだんは安定志向なので新しい版には手を出さないのだが、使っていたIE 5.0SP2が不安定になってきた(e.g. URLをクリックしても自動起動しない、複数の大きなページを開くと落ちる)ので、思い切ってIE 6.0を入れてみた。特に動作が緩慢になった印象はなく、またツールバー固定など好みの機能も増え、かなり気に入っていた。

ところが、IE 6.0はType1書体での印刷が正常に行なえず、単語が抜けたり重複したりするという問題がある。ACaslon Roman、AGaramond、Palatinoで確認した。TrueType書体の印刷は正常に行なえる。結局、IE 5.0SP2に戻してしまった。するとなぜかIE 5.0SP2の不安定さも解消されたので、まあ満足している。

画面上の文字列。New York Timesより引用。

上は、ACaslon Romanでの画面表示である。黄色く塗りつぶした単語に注目してほしい。これを印刷プレビューにかけてみると、以下のようになる。「the」が重複し、「war」が抜けていることがわかるだろう。実際の印刷でも、同様に出力される。ほか、Palatinoだと文字間隔がやけにつまるなどの問題も出た。

印刷プレビュー文字列。