2001/4/30
Happy Hacking Keyboard Lite 2(USB版)の使用感

秋葉原に行く機会があり、T-ZONEでHappy Hacking Keyboard Lite 2(PD-KB200W/U)を買った。HHKL2は、可もなく不可もなしといったていどの平凡な出来だと思う。8000円の価格を高いと見るか安いと見るかは、人によって分かれるだろう。その感想を次段落から記したいが、キーボードは個人の嗜好の差がはげしい。ことに私は普通ではない好みをもっているらしいので、あらかじめその内容を書いておく。

MacのADBキーボードでいちばん好きなのは、テックパーツの「TP-110JIS」だ。アップル拡張キーボードIIもよかった。いまのところ最も気に入っているのは、現在使っているノートPC(日立FLORA 220FX NP3)のキーボードだ。キータッチが軽く、標準よりも小さめのキーピッチが私には合っている。逆に、初代Happy Hacking Keyboard(HHK)は好きではない。

HHKL2の第一の長所は大きさだ。机の上に、このキーボードとノートPCとを横に並べても、手狭にならない。また、ControlキーがAキーの左側に位置しているのもよい。(Windowsと異なり、Mac OSで修飾キーの場所を変更するのは困難である。)それ以外の配列に関しては、私はほとんど興味を払わない。US配列なので、親指シフト化は事実上あきらめている。

短所はけっこうある。まず、ケーブルに柔軟性がない。「どこでもキーボード」を目指しているなら本体からケーブルが抜けるべきだと思うが、それもできない。Alt、Command、Spaceバーなどを格納する最下段のキーの高さが足りないので、Commandキーによる短縮キーが打ちづらい。電源キーは、もちろんない。

私はすでにMacを主力計算機としていないので、小ささを高く評価して使いつづけるつもりだ。しかし、仮に私がメインの入力機器としてMacを選んでいるときには、このキーボードは使わないだろう。ADB変換アダプターを買って、テックパーツのTP-110JISを使用する。(ちなみに、いま密かに期待しているキーボードは、富士通高見澤コンポーネントの試作機だ。)

2001/4/29
得手不得手

指導教官から本を借りる。その中の1冊である、D. J. アルバース、G. L. アレクサンダーソン編、一松信監訳『数学人群像――プロフィルとインタビュー』(近代科学社、1987年、原題:Mathematical People)がおもしろい。「数学人」とはいうものの、実際には数学者以外も登場している。意外に多いのが統計学者で、物理学者や計算機科学者もいる。表紙のトップを飾っているのはドナルド E. クヌース先生だ。

共感を覚えたのが統計学者のブラックウェルで、「自分は今まであまりに多くの分野で研究をしてきた.ということは,一種のディレッタントである.基本的には.自分は“研究”をすることが面白かったわけではなかったし,今でもそうである.自分の興味は“いかに理解するか”であって,“研究”とはまったく別物である.」という心境は、私の勉強に対する気持ちとよく似ている。私にはブラックウェルのようには頭がよくないという点が決定的に違うが。

年を重ねていくと、自らの得手不得手がだいぶわかってくる。不得手なものは星の数ほどあるので書くのが憚られるが、得意な分野のうちのひとつを一言でまとめると、「あいだを埋めること」だと考えるようになった。たとえば、「活字書体のナショナリティ」を書いたときには、(a)社会学には興味があるが書体には意識が向かない人と、(b)書体には関心を抱いているが社会学には無頓着な人との両方を念頭に入れていた。統計学はゲーム理論などと同じく、文系と理系とのあいだにたつことのできる学問だと信じる。

2001/4/28
三十石 夢の通い路

桂枝雀「三十石 夢の通い路」を聞く。三十石とは江戸時代に淀川を運行していた船の名で、京都・大坂間の主要交通機関だった。私の出生地・大阪府枚方市のシンボルでもある。この噺は高校生の時分にいちど聞いた記憶があるが、その当時の私にはあまり強烈な印象を残さなかった。

しかし、この噺はよくできている。「道具屋」や「代書」のような強い笑いはないかわりに、穏やかな笑いと情景描写とがあり、聞いていてまことに気持ちがよい。大胆にいってしまうと、吉本新喜劇ではなく松竹新喜劇の味わいがある。この笑いを理解するには、あるていど落語に親しまなくてはならないだろう。ただし、ひょっとすると、関西文化圏の人間にしか伝わらないかもしれないという危惧はある。

2001/4/27
ソニーの夢

本棚の奥で懐かしい本を見つけた。ソニー中央研究所編『ソニー中央研究所――エレクトロニクスの最前線』(三田出版会、1991年)だ。横浜市で行なわれたソニー研究員による市民講座をまとめたもので、中学2年生のときの誕生プレゼントとして買ってもらった本の中の1冊である。たしか、大阪・京橋の駸々堂書店だった。

夢中になった。新井邦彦「ディスプレイ――赤・青・緑に光る蛍光体、液晶TV」とか西美緒「ポータブル電子機器用電池――電池アラカルト」とか、いま読みかえてしても楽しい。当時の私にどれだけ理解できていたか疑問だが、この本と出会えたのは幸運だった。中学生のころは、ソニーに就職しようと本気で考えていたもの。

2001/4/26
Mac風プロポーショナル書体

Webブラウザーの標準書体はMS Pゴシックになっている。「P」はプロポーショナルの意味だが、Mac OSの書体とちがうのは和字をも含んでいる点だ。いわゆる詰め組の状態になる。しかしながら、見出しならともかく本文でのプロポーショナルは見やすいものではない。かといって等幅のMSゴシックではラテン文字や数字までが等幅になり、こちらもまた見にくい。Macのような書体があればいいのに、と思っていた。

ところが、考えてみれば、ブラウザーの表示に純正書体を使う必然性はまったくない。他社の和字書体の中にはMac風のものがあるのではないかと、ようやく気がついた。ダウンロードによる書体販売を行なっている「フォントオンライン」には、Mac風プロポーショナル書体が並んでいる。問題はビットマップの品質だが、こちらは残念ながらよくわからない。

以下余談。この文章を書いているときに、検索して見つかっもの。その1:三橋洋一「ヒントのお話を少々」(千都News第2号)は、和字書体でのヒントの意義を実例を使って述べていて、わかりやすい。その2:Palatino Lightがほしくなった。その3:TFMファイル一覧をY&Y内に見つけた。

2001/4/25
金魚の歴史

「ラジオ深夜便」(NHKラジオ第1放送)のナイトエッセイで、金魚の歴史について放送されていた。1502年にはじめて中国から輸入された金魚は、江戸時代に独自の発展(?)を遂げたそうだ。すなわち、日本ではきれいでかわいい金魚が愛好されたのに対し、中国では体型が奇妙で珍しいものが好まれたという。いくつかの参考ページ(「趣味の金魚」「金魚の館」)を見つける。「金魚の館」での

金魚は古くから人の手の元で成長してきました。金魚を飼えなくなったりしたときは、「自然」に戻そうなんて考えないで下さい。金魚にとって「自然」とは、とても過酷な環境なのです。

という記述に、引っ越す前に川に放流したことを思い出し心を痛める。

2001/4/24
Mathematica 3.0J備忘録

ハードディスクを初期化したため、Mathematica 3(Mac版)が使えなくなっていた。新しいパスワードがとどいたので、インストールしてみる。まず、インストール時にはWorldScriptIIを外さなくてはいけない。そこまではよかったが、起動時に「UnicodeShiftJISFontMapping.tr」というファイルがどうこう――といった警告が出る問題は初見だった。Googleで検索して解決策(“初期設定”フォルダーに残っているキャッシュを消す)を提示したページを見つけ、対処する。もっとも、この時分にVersion 3を使っている人は少ないだろう。

2001/4/23
集中する人たち

今年のゼミの新人数は8名だった。おととしが4人、去年が2人だったから、ずいぶん増えた。しかし、適正規模の範囲内だと思う。なんと、齋藤誠先生のところには40人近くもの志望者が押しかけたという。いかに一橋大学の理論系が手薄だはといえ、ふつう40人も志望するかしら。(010424補足。1学部年200人だから、1/5が志望したわけだ。)

国立市内のとある中学校。生徒数が減少しているのに、一クラブあたりの人数は増えている。それは、クラブの種類自体が大きく減っているからだ。男子が加入している運動系クラブは野球とサッカーとバスケットボールしかない。

人数が増えるぶん、競争は激化するだろう。勝ち抜く自信のある人が多いのだろうか。

2001/4/22
CAI室にて

CAI教室の計算機(NT Workstation)が、よく問題を起こす。Windowsの困ったところは環境復旧に時間を要する点で、NT 4の再インストールにはじまりOffice 2000のセットアップに終わる環境再構築に4時間かかる。Macなら、1時間あれば十分なのだけれど。

それにしてもなぜこんなに壊れるのか不思議に思っていたが、利用者がログオフせずに電源を切っているのを目撃し、納得した。軽くボタンに触れるだけですぐに電源が落ちてしまうエプソンの設計にも問題があるだろう。

2001/4/21
高精細な液晶ディスプレイ

18.1型SXGA対応液晶ディスプレイを実売価格16万円台でソニーが出すというニュースをPC Watch当該記事)で読み、15型につづいて今度は18型帯で価格下落が起こりはじめているのを感じた。ここまで下がってくると、ちょっとほしいかもしれない。残念なことに、現在の我が家には置き場がないが……。

しかし心の底からほしいのは、200ppiクラスの高精細な液晶である。同じくPC Watchに載っていた電子ディスプレイの展示会に関する記事を読んで東芝が192ppiの液晶を展示しているのを知り、思いがけず興奮した。現行の画面解像度は、印刷解像度にくらべて低すぎる。その差が縮まるのは、とてもよいことだと思う。(残念ながらMac OSはOS Xでも標準解像度が72dpiから変更できず、この点ではWindowsより数段遅れをとっている。)


2001/4/20
Internet Explorer 5とType1書体

Windows 2000からは、Type1書体がAdobe Type Manager(ATM)なしに利用できるようになった。が、それは必ずしも全アプリケーションで使えることを意味しない。Internet Explorer 5.01 SP2の欧文表示書体を変えようと思ったのだが、Type1書体はメニューに出てこなかった。(ただし、標準書体としての指定はできないが、FONTのface要素に書けば表示はできる。)

ところで、IE5で欧文表示書体を変える方法を探すのに私はずいぶん苦労した。〈ツール〉-〈インターネットオプション...〉-〈全般〉タブ-〈フォント〉ボタンから先がわからない。「言語セット」の中はデフォルトでは「日本語」が選択されているが、「西ヨーロッパ言語」が見あたらないのだ。

ようやく勘がはたらき、「言語セット」で「ラテン語基本」を選べばよいことがわかった。「ラテン語」というのは「Latin」の直訳なのだろうが、正しくは「ラテン文字」だろう。あるいは、〈エンコード〉メニューと同じように「西ヨーロッパ言語」でもよい。

2001/4/19
計算機科学者にとってのMacとOPENSTEP

萩谷昌己先生のホームページからたどれる各種エッセイがおもしろい。特に興味深いのが、「H君への手紙」のなかにある「mac」と「next」だ。計算機科学者にとってMacは驚きの対象である。べつのエッセイでも、HyperCardを高く評価している。いっぽう、OPENSTEP(NeXT)への評価は手厳しい。UNIXの既存の技術を集めただけのように映るようだ。

2001/4/18
言語能力に地域差はあるか

自らの言語的特性(訛り)を自覚していないほどの絶望的な言語音痴を私は何名か知っている。もちろん、外国語の発音もきれいでなく、また習得も遅い。彼/彼女らの出身地は、東北か北陸だ。九州出身の人はおしなべて言語の適応がはやいと経験から感じる。

2001/4/17
Google Toolbarはハイライト機能がよい

遅まきながらGoogle Toolbarをインストールしてみた。このソフトウェアを使えば、Windows版Internet ExplorerにGoogle用の検索メニューを組み込むことができる。縦方向の画素を蕩尽するのは気が引けるので、下のように配置してみた(75%に縮小)。

Googleのツールバーを画面写真に撮った

Page Rank機能は、漠然と不安なので切っている。かわりに便利に使わせていただいているのが「Highlight」機能で、枠内に文字列(複数可)を入力してボタンを押すと、見つかった文字列が蛍光ペンで塗りつぶしたような塩梅(あんばい)になる。まことに見やすくてよろしい。

ハイライト表示

2001/4/16
経済学者の発想

新MMASでページの存在を知り、八田達夫経済学の立場から見た都市計画の論理」(都市経営フォーラム)を読む。都市計画者の中にはエリート主義というか、自らの設計が最良だと勘違いしている者がいる。そのわりに、計画の失敗(千里中央駅や筑波大学の例)に対する責任の所在が明確でない。住民の趣向は多様なのだから、設計者はメニューを用意することに徹し、民間なり住民投票なりのかたちで都市をつくったほうがいい――というような話である。はじめはT-Timeで縦書きにして眺めていたが、途中から気に入りだしたので、AcrobatでPDF文書に保存して印刷することにした。

気に入った部分とは、「2. 都心の容積率規制と居住促進策の経済学的根拠」のくだりだ。経済学者の発想がよく出ている。住宅の容積率規制の根拠として最も頻繁にあげられるのは、都市にこれ以上人間が住めば交通量がパンクする、というものだそうだ。しかし、交通量の問題は混雑時に突出している点なのだから、経済学的に正しい解決策は混雑時の運賃を値上げすることである。昼間の電力負担を小さくするために深夜料金を安くしている電力事業と、本質的には同じことだ。消費量をフラットにすればよい。ちなみに工学者ならば、より最適化されたダイヤグラムを設計するとか、車体を改良して人がたくさん乗れるようにするとか、そういう直接的な解決策を考えるだろう。もちろん、こちらは工学的に正しい。

経済政策というと、GDPやら成長率やらコールレートやら、とかくマクロな話ばかりが強調される。しかしながら、公共経済学はその代表例だが、ミクロ経済学も現実の政策(国政とはかぎらない)に応用できるものだ。上の段落に似た話は、たとえばハーシュライファーの基本的な教科書には書いてある。

2001/4/15
Macで使えるまともなUSBキーボード

Mac用ADBキーボードには名作が何点か出ていたのに、USBキーボードでは購買欲をそそるものが1点も出ていなかった。派手な彩色の製品があってもよいが、そんな製品しかないのは困る。地味なデザインでかまわないから、まともに叩けるものがほしかった。

この春に出た「Happy Hacking Keyboard Lite2」(PFU)は、Macでまともに使える数少ないUSBキーボードとなるかもしれない。USB版はUS配列しかないので親指シフトには使えないし、またPowerキーがあるのかどうかもわからないが、その小ささは魅力的だ。まだ実物に触れたことはないので、電気街に出かけたときには確認しておきたい。

2001/4/14
精神状態は文体にあらわれるか

新井皓士「文長分布の対数正規分布性に関する一考察――芥川と太宰を事例として」(『一橋論叢』Vol.125、pp.205-223、2001年)を読む。文の長さは対数正規分布に従うことが多いそうだ。芥川龍之介の小説の場合、青年期には正規性をもっていたのが、自殺直前の2年間にはかなり崩れてしまうという。太宰治だとそんなことはなく、一貫して正規性を保っている。

2001/4/13
それぞれのアンチエイリアス

“画面”プロパティの“効果”で「スクリーン フォントの線を滑らかにする」にチェックを入れると、一定以上の大きさの文字にアンチエイリアス処理がなされることを、ひと月ほど前に知った。それでオンにしてみたものの、Webの表示があまり美しくない。そこで、いくつかのアプリケーションで同じ文字列を並べてみた。

「中国、セーフガード発動へ対抗措置」という文字列を各アプリケーションで表示させた画面写真

いちばん上が、asahi.comの記事見出し(H1)を画面写真にとったもの。書体はMS Pゴシックの太字(Bold face)だ。2番目がCanvas 7J、いちばん下がWord 97である。書体にはInternet Explorerの設定と同じくMS Pゴシックを太字で用い、寸法は20ptとした。

3者を見くらべてみると、独自のアンチエイリアス機能を備えているCanvas 7Jが最も美しい。いっぽうで、Word 97の表示は文字がつぶれている。(ただし、「太字」を解除すれば、まずまずの品質になる。MS Pゴシックのような太い書体には、ふつう太字をあてることはないだろう。)結論として、(1)アプリケーションによってアンチエイリアスの品質が異なること、(2) Windows 2000標準のアンチエイリアス処理には改善の余地があること、がわかる。

2001/4/12
学習環境がずいぶん向上している

図書館が休日にも開くようになったので喜んでいたら、今度は経済学部の講義が充実していることに気がついた。統計部門にも見覚えのない科目ができているし、理論経済などの他部門でも科目種が増えている。驚くべきことに、実習なるものまである。

私たちは学力低下現象が生じている張本人なわけで、ひとことでいうとアホだ。こんな初等・中等教育では学力が低下するよと警告する大学教授がいらっしゃるが、そんな「問題児」を迎える高等教育機関こそが学習指導要領に縛られず最も動く余地があるわけで、つべこべいわずに学部教育を改善させた(アホに対応した)今回の動きには敬意を表したい。

2001/4/11
Cygwinのpipeとsort

FAQだろうと思ってあたってみたのだが不明なので、ここに記す。Cygwinのbashでは、改行コードがCR+LFのファイルをパイプしてソートすると余計な改行が入るのは一般的なのだろうか。それとも、私の環境だけなのだろうか。それとも、私がまったく事情を理解していないのだろうか。

いまここに、

日
月
火
水
木
金
土

という内容のファイル(week.txt)があったとする。で、以下のようなPerlスクリプト(sodoin.pl)を考える。

#!/usr/local/bin/perl
while( <> ){
    s/日/月/ig;
    s/土/金/ig;
    print;
    }

以上の準備のもとに、Cygwinのbashで

jperl sodoin.pl week.txt | sort -u -o senji.txt

を実行すると、出力されたファイル(senji.txt)は

火

金

月

水

木

というように、空行が出てくる。標準出力だと空行は出ないし、cmd.exeでやっても出ない。Perlでソートさせても、もちろん正しく出力される。


2001/4/10
Virtual Reality Modeling Language(VRML)

つい最近、VRMLという言語があることを知った。3次元の画像をHTMLのように書くことができるという。(柳瀬順一氏による紹介文がわかりやすい。)私は多面体のファイルが見たくてインストールした。他にも、分子模型を作る例がある。昔からある規格らしいが、私はぜんぜん知らなかった。

思いっきり話をそらすと、Scalable Vector Graphics(SVG)なる言語をアドビが普及させようとしているらしい。

2001/4/9
部活が盛んになる理由

授業数が削減されて生じる現象のうち予想できるのは、部活動の活発化だ。授業がはやく終わったところで、解放された生徒を受け入れる環境は家庭にも地域にもない。結局、部活動によって学校が面倒を見るかたちで落ち着くだろう。社会の学校依存は変わらない。

私のかぎられた経験では、日本の部活動――特に運動系は精神主義的にすぎる。生徒数が減っているから、生徒1人あたりの負担は私の時代よりも大きかろう。どうせなら、その熱意でもって「理科部」なんかが積極的に活動できればいいのだが……。授業内でできない解剖や実験を放課後にやるというのは、けっこうおもしろいと思う。もっとも、それだと教員の負担がたいへんか。

2001/4/8
Adobe CaslonとEuler

Adobe Type Basicsを買ったのを機に、Adobe CaslonをLaTeXの本文書体として使いたくなった。とても意外なことにCTANには当該メトリックファイルがないので、fontinstで作成する。(fontinst.styは、afmファイルからfd、pl、vplファイルを生成する。生成されたものをpltotf、vptovfに通せば、tfmファイルとvfファイルができる。)psファイルへの変換は順調だったが、dvioutが「File Fault; fail to read FONT」といって終了してしまう問題に4時間ほどハマる。原因は、0KBのPKファイルが生成されていた点だった。ちなみにdvioutは4月4日にVer.3.12が出ている。

ACaslonで印刷してみる。(追記:サンプルPDFファイル〈22KB〉を用意しました。)気に入った。Eulerと混ぜると、数式の大文字に関して区別がつきにくくなる(Eulerは立体だから)点が気にかかるが、雰囲気は悪くない。

2001/4/7
ダウンロードに躊躇する

インターネットで大きなファイルを得ようとするとき、頭をもたげることがある。そのファイルを転送することによって得られる便益は消費するネットワーク資源に見合っているだろうかと考えてしまうのだ。私が得るファイルの中で最も巨大なのはVineLinux/PPCのCD-ROMイメージで、約550MBもある。できることなら雑誌に付録したCD-ROMがほしいのだが、残念ながらPPC版のLinuxが雑誌に収録される機会はほとんどない。そんなわけで、きょうもVine 2.1.5を「ごめんなさい」といいながらringサーバーから入手する。

2001/4/6
きょうからxyzzy

Windows環境でLaTeX文書を扱うための最高の環境は、Meadow+YaTeXではなくxyzzyKaTeXかもしれない。xyzzyがMeadowにくらべて優れている点は、よりWindowsに密着しているということに尽きる。起動が早く、書体設定が楽で、日本語入力時の応答がよく、優れたファイラーがついている。KaTeXはYaTeXとほぼ同じ動作だから、移行には何の問題もない。いまのところxyzzyの機能が豊富すぎて把握しきれていないのが個人的には最大の問題だ。(追記010615。と言っておきながら、数式がらみの文章はいまだMeadowで書いている。)

2001/4/5
偶然を知る

小学校低学年くらいの子どもの多くは偶然の概念を獲得していないらしい。そのため、ある子がくじに当選したりすると、その子が特別なくじ引き能力をもっていると推論するという。意味なきものから意味を見いだそうとするのが人の営みなのだろう。

2001/4/4
コマンドプロンプトを使いこなす

Windows 2000ではCygwinのbashを使うことが多いので、コマンドプロンプト(cmd.exe)を起動することはあまりなかった。しかしながら、Windowsのシステムを直接制御するためには、bashではなくcmd.exeを利用する必要がある。それに、実のところWindows 2000の同機能はそれほど貧弱ではない。

ネットワーク設定を変更するときが、典型的な例と言えるだろう。cmd.exeにはnetという一連のコマンド群がある。「オフィスと自宅で簡単にIP設定を切り替えるには?」(WinFAQ)にあるとおり、WindowsでもコマンドラインからIPアドレスが変更できる。といっても、私とてこの事実を知ったのは半月ほど前のことなのだが……。

家で使っているノートパソコンを外に持ち出すとき、「ローカル エリア接続」を無効にしたい。LANが使用できない環境でこの機能が有効だと、Windowsの反応が遅くなるからだ。そのためには、いちどログオフして管理者権限でログオンしなおし、それから「ローカル エリア接続」を無効にする。自宅に戻ったら、同じようにして有効にする。これらの一連の手順をスクリプトなりバッチファイルなりにできれば、使い勝手は向上するだろう。

以上のように考えているのだが、いまのところ「ローカル エリア接続」を無効にするコマンドがわかっていない。それさえわかれば、あとはrunasを使って対処できると思うのだが、まだ調査中である。

2001/4/3
点滅するランプ

日中は勧誘電話が多く、あまり応対したくない。電話機の「おやすみ」機能(ボタンを押すと着信音が鳴らなくなる)を利用して、いまのところはしのいでいる。すべてにつけ私より原理主義的な児玉さんは電話線を引っこ抜いているそうだが、そこまではできていない。

留守番電話に録音メッセージが入ると、「留守」ランプが赤く点滅する。この点滅がくせ者で、どうも気になってしまう。一定の間隔で点滅を繰り返すランプは、人の気を引くことにかなり成功していると言えるだろう。が、私はちょっと困っている。

2001/4/2
UFSの憂鬱

Mac OS XをUFSで導入したのは、Linuxからアクセスできれば便利だと思ったからだ。ところが、CarbonアプリはUFSをうまく扱えないものが少なくない。たとえばInternet Explorer 5.1preではUFSパーティション上のファイルが指定できないし、DragThing 4ではUFS上のアプリケーションが起動できない。

2001/4/1
ぶら下げは不要か?

藤田眞作「TeXによる日本語縦組と化学構造式の組版」を読む。一箇所、まだ納得できない部分がある。

 ぶら下げ組とは、句読点が版面からはみ出した組み方である。
行の末尾の禁則処理をおこなわなくてもよいということから、
使われることもある。しかし、この前の二行のように、句読点
が禁則に触れる行と禁則に触れない行がとなりあうと、そのま
までは、行の末尾の句読点の位置が揃わないことになる。

 ぶら下げ組とは、句読点が版面からはみ出した組み方であ
る。行の末尾の禁則処理をおこなわなくてもよいということか
ら、使われることもある。しかし、この前の二行のように、句
読点が禁則に触れる行と禁則に触れない行がとなりあうと、そ
のままでは、行の末尾の句読点の位置が揃わないことになる。

藤田先生は、上の例よりも下の例をよしとしている。(原文では文字間がきれいに調節されている。)しかしながら、私は下の例には引っかかってしまう。「ある」や「から」といった単語が切れてしまうことは、はたして望ましいのだろうか。たしかに日本語の正書法では分かち書きをしないから、単語が2行に分断されることは珍しくない。しかし、わざわざ分断する必要があるのかどうか、私は疑問に思う。