2001/2/28
niftyでCGI

niftyは任意のCGIが使えるとのことだが、実際には制約が多い。たとえば、cgi実行のディレクトリが決められている。これは知っていた。あるいは、実行用ディレクトリにhtmlファイルや画像ファイルを置くと読み込めない。これは知らなかった。(「@niftyで自作cgi を動かそう!」を参照。)

いくつかスクリプトに手を加え、Niftyでcgiを動作させる準備が整った。「Namazu(Perl版)設置ノウハウ」のおかげで、手元で索引ファイルを作ってPerl版namazu.cgiを動作させることもできた。あと、iTools日本語版を登録した。こちらは別のホームページとして使用する予定だ。

2001/2/27
ADSL事始

わが家のADSLは3月2日開通予定だったが、なぜか26日に局内工事が完了したという電話が入り、27日にはeAccessからADSLモデム(ルーター型)が送られてきて、2月中に使えることになってしまった。以下、仕様からではほとんどわからない部分だけ書くことにする。

まず音。大多数の人には無音と感じられるだろうが、微量ながら高周波を発する。前にも触れたとおり私はこの手の音に弱いので、段ボール箱にウレタンを敷いて、その中にモデムを収納することにした。これでかなり音漏れを防げる。他の商品が出たら、買い換えを検討したい。

消費電力節減のため、パソコンの電源切断といっしょにモデムの電源を切る。次に電源を入れたときに振り直されたグローバルIPは、先頭8ビットからして異なることが多い。FTPのアクセス制御をhosts.allowで行なっていると、ちょっと面倒だ。これは、複数のプロバイダーを統合してできたniftyに固有の現象かもしれない。

安定性云々でいえば、パケットロスが絶えない現状のm-netにくらべれば格段に安定している。昼間は450Kbpsは楽に出すし、いちばん混み合う深夜12時ごろでも300Kbpsほど出ている。私は、m-netから乗り換えることを決意した。

020102追記。現在では、1.5Mbpsコースで1.2Mbpsほど出ている。メールの受信に失敗することがある点を除いては、安定性も問題ない水準だ。この環境が月3000円で手に入るようになったのだから、いい時代だと思う。

2001/2/26
足の数

なぜ動物の足の数は偶数なのだろう。たしかに奇数だと歩きにくそうだけど。(追記010228。移動用途の突起物の数が奇数・不定数の動物が実在するという指摘をZap2さんからいただきました。これは、たしかにそのとおりです。私は「動物」というときに、脊椎動物、節足動物ときて、タコ・イカくらいしか頭に入れていませんでした。)

2001/2/25
Meadowの行間を広げる便法

Meadowで行を空けるには、line-space patchを当てるのが由緒正しい方法だそうです。もっとも、いまのところは1.13b++用のバイナリ差分も入手できないようですし、ソースにパッチを当ててmakeする能力もありません。そういう私のような人間のために、少しだけ行間を広げる便法を以下に書きます(参考:Meadowの編集画面〈65KBのGIFファイル〉)。

まず、恥を覚悟の上で.emacs該当部分を提示します。歴史的経緯と無知蒙昧さとが相まって奇妙な表記になっていますが、無視してください。ポイントはただひとつ、「表示フォントにMS ゴシックを使う一方でIMEフォントにはFixedSysを指定する」ことです。行送りが20ドットのときにかぎり、以上の設定で日本語入力時に文字が1ドットたりともずれません。(より正確には、半角英数字の入力未確定時のみベースラインが1ドット上にずれます。)

注意書き。私は上の方法を自分の環境(Windows 2000 SP1、Meadow 1.13b1++、ATOK13 /R2)でしか試していません。他の環境では正しく表示できないかもしれません。他の方法。(1)表示フォントをFixedSysにすると手軽に行が空きますが、bold表示の際にゴミが出ます。(2)JSフォントという行間隔の大きな書体を利用するのも手ですが、この場合日本語変換時に文字がずれます。なお、この変更の際にはburrn氏のページを参考にしました。

2001/2/24
電話と電卓――解決編

22日の疑問は、ootaniさんによって一瞬のうちに解決されてしまいました。以下に要約します。まず電卓のキーが手前から0、1……となっているのは、それらのキーをよく使うので手前に置いた、と。電話は、ボタンに英文字を割り当てるときには、上から1、2……でないと不便であった、と。いまではどちらも国際規格になっている、ということだそうです。

2001/2/23
貧困なる想像力

Linuxの日本語環境があまり整っていなかったころ、日本語変換ソフトの充実を切望する声に対し、「FreeWnnやCannaで十分じゃん。ATOKなんて必要ないよ」という趣旨の意見を発した技術者らしき人がいた。その想像力の貧困さに、頭がくらくらした。

たしかに、1日に数千字しか書かないのならばCannaでもいいかもしれない。しかし、数万字〜十万字を入力することが日々の業務となっている身には、ATOKの有無は大きな差となって現われる。その技術者も、もしこれがシェルに関してならば、「Windows 95のMS-DOSプロンプトで十分じゃん。bashやtcshなんて必要ないよ」と述べたりはしないだろう。何が本質的に重要かは、人によって異なる。そのちがいを認めることのできる想像力がほしい。

2001/2/22
ボタンの掛け違い

以前からとても気になっている疑問があって、「クイズ日本人の質問」に応募しようと考えたこともあった。2年ほど前に「2ちゃんねる」にこの質問を書き込んだことがあるが、納得できる説明はなかったと記憶している。計算機の歴史に詳しそうな周囲の人に尋ねてみたが、たしか理由があったと思うが思い出せないとの返事だった。

その疑問とは次のようなものだ――計算機や10キーのボタンは下から123なのに対し、電話のボタンは上から123となっている。この不統一はなぜなのだろう?(下図を参照。左が電話、右が計算機。)もし経緯を知っていらっしゃる方がいれば、お教えいただければ幸いです。

 1 2 3        7 8 9
 4 5 6        4 5 6
 7 8 9        1 2 3

2001/2/21
しんどさの伝染

森毅『時代のにおい』(青土社、1993年)で付箋を貼った2箇所目は以下のくだりだ。

学会講演のうまい先輩にコツを教わったことがある。ポイントは二つ。……(中略)……第二に、わかりにくいことはあっさりと、わかりやすいことはじっくりと、というのがコツなのだそうだ。難しいからとやめるのは相手を低く見ることになるし、そうしたところもないとスパイスが利かぬ。悪いのは、自分が苦心してわかった大事なことだから、なんとかわからせようと、相手にプレッシャーをかけることだ。(p.111。ちなみに同じ話題がp.131にもある)

最近、昭和50年代の桂枝雀さんの落語を平成年代のそれと聞きくらべている。昭和年代の枝雀落語は、聞いたあとに疲れが残ることがある。枝雀さんの一生懸命さ・必死さがこちらに伝染するからだろうと思う。平成年代のはそれが消えていて、すっかり緩和して聞ける。上の話から、そんなことを連想した。


2001/2/20
究極の選択

古本屋で森毅『時代のにおい』(青土社、1993年)を買ったら線が引いてあったので驚いた。線やメモの入った古本を買うのはわりと好きなのだが、モリキの本でそんな大胆なことを実行するとは何たることかと思って読みはじめると、自分でも2カ所ほど付箋を貼っていたりする。せっかくだから、その箇所を公開しよう。

いま、二種類の危険な仕事があったとする。どちらも、百人がかりの仕事だ。一方は百人のうちで、毎回一人ぐらいは犠牲が出る。もう一方は、たいていは全員無事なのだが、百回に一回ぐらいは、全員が死亡する。あなたは、どちらの仕事を選ぶか。(p.101)

むかし「究極の選択」なるものが世間で流行した。上は、まさにそれだ。私はたぶん前者を選択するだろうと思うが、後者にも捨てがたいところはある。世間への衝撃が強いのは後者かなあ。

2001/2/19
MeadowとMS Pゴシック

環境を整備したついでに、長年の懸案だった「Meadowで日本語を入力中に書体がMS Pゴシックになる」事態を解消させられないか検討しました。手始めに事態の内容を画面で表わすと、以下のとおりです。「ぁぁぁぁぁぁぁぁ」の部分で一目瞭然でしょう。

Meadowの画面

川原さんのサイト「めどうさん」を起点にして、Meadow掲示板の過去ログMeadow関係メーリングリストを漁った結果、少なくとも現段階のMeadowでは無理らしいことがわかってきました。ある方の説によればATOKの問題だといいますが、MS-IMEでもPゴシックになることには変わりはありません。結局、ここまでで諦めることにしました。

(2001/2/22追記)ありがたいことに川原さんからメールをいただき、「Meadow 1.13b1++」にすればOKだと教えていただきました。ほんとうでした。おかげで変換中もMSゴシックで表示することができ、とても嬉しく思っています。

Meadowの画面2

2001/2/18
環境整備

せっかくの週末なので、計算機のソフトウェア環境を更新することにしました。(1)ようやくpTeXを2.1.10にし、gnuservとsource-specialを使ってdvioutからMeadowに戻れるようにできました。(2)ひさびさに秀丸をインストール。WZ Editorは、強調表示に正規表現が使えない、強調表示の速度が遅い、マクロが難しいといった理由から、TeX環境の構築には不向きです。そこで、秀丸の外観・操作性をかぎりなくWZに近づけることで、TeXファイルを扱おうと思っています。

2001/2/17
東京方言「受ける」

「受ける」という単語を東京で耳にするようになったのは、この数年だろうか。はじめて聞いたのは女子中学生(高校生かも)からで、いまでは男子大学生も会話の中で使っている。この単語は大阪では一般的だが、東京の若者のあいだで使われている「受ける」は上方芸人が口にするときの意味ではない。もちろん、標準語でもない。

大阪方言での「受ける」は、「あいつの話、観客にめっちゃ受けてたで」というように、他者に好評を博すことを表現する言葉だ。受けているのは他の誰かであって、自分ではない。一方、東京の若者がしゃべる「受ける」は、「それって受けるんだけど」と、自分がおもしろく感じていることを表現する際にも用いる。もっとも、東京でも「受ける」を標準語の意義で使うことはあるから、語義が拡張されていると書いたほうが適切かもしれない。

2001/2/16
フュージョンでFAXは使えるか?

NTTが嫌いなので、電話は東京電話だけを使っている。東京電話がいいのは、料金体系が単純明快なところだ。ところが、もっと単純で全国一律3分20円という電話会社が現われた。フュージョン・コミュニケーションズだ。

同社はVoIP技術を用いて低廉化を実現している。その際の憂いは、音声はともかくFAXは正しく送受信できるのか、という点だろう。ホームページではFAXどころかデータ通信も問題ないとのことだが、漠然とした不安がまだある。結局、まだマイラインの指定先は決めかねている状態だ。

2001/2/15
シュワルツちがい

高校の生物で嬉しかったのは、ワトソンとクリックが20世紀の人だったことだ。20世紀半ばまではDNAは知られていなかった。自分がいま勉強しているのはけっこう新しいことなのだと思うと楽しい。

数学では、そういう経験はなかなかない。ピタゴラスは紀元前の人だし、高校数学の柱である微積分概念の獲得は17世紀の出来事、その定式化の手法は19世紀っぽいもので、登場する数学者も19世紀前半が関の山だった。

そんななか、シュワルツの不等式は私の目を引いた。シュワルツを『辞林21』(三省堂)で引くと、なんとまだ存命である! 生きている人の公式を使っているんだと早合点して感激した。(この公式は今でもわりと使う。高校時代にアホみたいに使った判別式の公式は、今ではさっぱり使わない。)

知っている人は知っているだろうが、『解析学』を書いたシュワルツは不等式で有名なシュワルツとは別人である。しかし、誤解にも教育を促す効果があったということで、私にとってはいい思い出となっている。

2001/2/14
膝の痛み

右膝が痛い。水平に歩くことは不可能ではないが、階段の上り下りは手すりにつかまらないと無理だ。前日にめずらしくお酒を飲んでいたので、ひょっとして痛風になったかと冷や冷やしたが、痛風だと右足の付け根に出るらしい。

2001/2/13
反省――ヒラギノ明朝3

モリサワがあまり好きではないので、将来のDTP標準書体として期待できるヒラギノ明朝3をヨイショする書きかたをずっとしてきた。しかし白状してしまえば、Mac OS X Public Betaを使って同書体を印字してみればみるほど、少なくとも横組みに関してはリュウミンL-KLのほうが好みであると感じている。縦組は未経験なためわからない。リュウミンL-KLが縦組みに不向きなことだけは書籍で実感している。

それほど書体を見る目があるわけではないけれど、いちばん好きな書体は本蘭明朝だ。ありふれていて申し訳ないくらいだが、この書体が本文書体にあると心和やかに本が読める。ポスト本蘭明朝としての「JK明朝」が使えるようになる日を待ちわびているのだけれど、そのためには不況脱出が必要なのかしら。

ところで、ヒラギノ明朝は3よりも2のほうが出来がいいというのは公然たる事実だと思う。アップルがなぜ2ではなく3を導入したのか、私にはその真意がいまいちわからない。

2001/2/12
良いデフレ、悪いデフレ

日銀はデフレを二分類しているけれど、良いデフレなんて過去に存在したのだろうか?

2001/2/11
学習指導要領からの解放

新学習指導要領を読む。中学英語の必修単語が100語。100語でどんな内容が伝えられるか? また、中学校理科からイオン・遺伝が消えた。両者はかなり重要な単元だと思っていたのだが……。高校数学では、指数法則の前に等比数列を学ぶ。三角比はまだ残っているし、指数関数の扱いは不当に低い。理数系にかぎってみれば、戦後最悪という意見は正しいだろう。

しかし本当にひどいのは、学習指導要領の注釈で高度な内容を教えることを禁止している点だ。(これは前からそうだったのだろう。実は、学習指導要領をちゃんと読んだのは今回が初めてである。)この強制のせいで、学校現場に水準の高い教育は期待できなくなる。べつにこの部分を民間教育産業が担ってもかまわないけれど、社会階層を固定する圧力は高まろう。学力格差はかなり大きくなると思われる。それが「多様化」なのか?

必要なのは、学習指導要領から決別することだ。東大教育学部が国立市と組んで教育改革を行なうそうで、検定教科書を使うのをやめて、とびきりよい参考書を使うという(佐藤学談)。実は教育学部には一定の期待を寄せていて、独立行政法人化したら独自に中等教育の参考書を作成・販売してほしいと思っている。それらの参考書には、大学側が修得を望む知識をすべて書いておく。年齢・学歴による入学制限はいっさい設けず、参考書をマスターすれば試験だけで「常時」入学できるようにする、ということでどうだろう。


2001/2/10
トナーを回収してもらう

プリンターのトナーを交換した。古いトナーをどこに持っていくかしばし悩んだが、たとえばLaOX Mac館の2階で引き取ってもらえるという。

2001/2/9
加湿器を買う

このところ室内の湿度が40%を下回っていて、寝起きに喉の痛みを覚えることが多い。実家でかつて導入したものの壁にカビが生えたため購入をためらっていた加湿器を、立川に新しくできたビックカメラで買ってきた。象印のEE-AV30というもので、7480円だった。平均加湿時消費電力は250Wである。

使ってみた感想は、湿度はなかなか上がらないということだ。水の入れ替え時以外は電源をつけっぱなしにしているが、湿度は45%になるのがいいところで、希望している60%(この湿度で風邪ウィルスが死滅する)には及ばない。木造住宅だと、水分が柱・壁・畳・天井に吸収されてしまうのだろう。

2001/2/8
環境と健康

少し前の『朝日新聞』で、下水道の完備した都市部では石けんよりも合成洗剤のほうが環境によいという記事が載った。この記事の反響は大きかったらしく、異論・反論が後日に掲載された。結局のところ、石けん・合成洗剤のどちらが環境への負荷が少ないかは結論が出ていないようだ。

おもしろいのは、図らずも環境と健康とが分離されている点だ。環境と健康とは別の次元に属することなのに、新聞の家庭欄では混同されることが多かった。それには理由があって、公害の原因となる物質は環境にも健康にも悪い。だから人々は公害対策に真剣になれる。ところが、地球規模の環境問題は必ずしも健康被害をもたらさない。たとえば二酸化炭素の増大は、環境には悪くても健康には問題ない。CO2排出削減に関心が集まらないのもうなずけよう。

さて、石けんと合成洗剤に話をもどす。石けんのほうが健康にいいのは疑いない。どんなことが起こるかわからない合成洗剤とちがって、石けんは歴史の選択を受けている。ところがここで、「合成洗剤のほうが環境にやさしい」という調査結果が出たらどうなるか。「健康には悪くても環境にやさしい合成洗剤を使おう」と多くの人が思うだろうか。環境と健康とが対立するような状況で、人はどちらを選択するだろうか。

2001/2/7
国際経済学でオススメの教科書

高増明・野口旭『国際経済学――理論と現実』(ナカニシヤ出版、1997年)はよくできている。経済学入門を終えて、基礎ミクロ経済学や基礎マクロ経済学への足がかりとするのによい。さらにそのあとに伊藤元重・大山道広『国際貿易』(岩波書店、1985年)を読めばいいのかな? 高校でも習うリカードの比較生産費説は、生産要素が労働だけなのが問題だ。そこで、生産要素に資本を加えたのがヘクシャーとオリーンとによるモデルで、ここでも自由貿易を行なって各国に「損はない」という結論になる。しかし、国内の所得分配は変わる。あとは同書を参照。

2001/2/6
双生児と遺伝

安藤寿康『心はどのように遺伝するか――双生児が語る新しい遺伝観』(講談社ブルーバックス、2000年)を眺める。この本が紹介するのは、双生児を用いて遺伝の影響を分析する手法だ。一卵性双生児は二卵性双生児と同じく「環境を共有する」が、「持っている遺伝的は同一」である。つまり、双生児は環境を同一に保てるから遺伝子研究に好都合なわけ。一卵性双生児と二卵性双生児とを比較することによって、遺伝子だけの影響を調べようとする手法が意味を持ってくる。

簡単に見ていくと、量的なもの(身長、体重、IQなど)は遺伝の影響がかなり出る。といっても、1つの表現型を1つの遺伝子が決めているわけではないので、遺伝の影響はもっと複雑に出るらしい。「遺伝するのは遺伝子であって遺伝型や表現型ではない」のだ。あと、いちばん意外だったのは、人間は加齢にしたがって遺伝子の影響が大きくなる点だ。「歳をとるにつれて死んだ爺さんと似てきたなあ」というのは、まさにその例である。私は小さくなると思いこんでいた。

2001/2/5
ADSLの申し込みを行なう

技術のある方々に平素さんざん世話になっているのだから、技術のない者はせめて実験台くらいにはなろうと思い立ち、ADSLの申し込みを行ないました。しばらくはCATVと併用し、数カ月後には一本化します。音に敏感な性質なので、高周波の騒音がいちばんの不安です。

2001/2/4
「大企業志向批判」の批判

大企業への就職を希望する学生への批判として多く挙げられる例に、「いまある花形企業は30年前は違った」というものがある。例えば30年前に花形だった国際電話局は、いまや人減らしで大変ではないか、などという。米長邦雄『人生一手の違い』(祥伝社文庫)にも同様なことがが書いてあった。だが、上のような批判は終身雇用を前提とした議論ではなかろうか。

2001/2/3
「文字実体参照」の参照

HTML 4.xは、2.xのころにくらべて文字実体参照の数もだいぶ増えているようだ。内田明氏ほかによる「HTML 4.01 仕様書邦訳」を見て知った。たとえば「‘」「’」「“」「”」「♠」「♥」「♦」「♣」などは使う機会がありそうだ。(どうやって表示するかはソースを見ればわかる。)

2001/2/2
つぶれた活字の読みやすさ

Mood, Graybill and Boes. Introduction to the theory of statistics, international edition 1974, McGraw-Hill, 1974が気に入っている。安い(3800円)上に小さく(A5版)て軽い(不明)から、電車の中でも気楽に読めるし、寝転がりながらでも読める。英語も、変な冗談がなくていい。それともうひとつ、活字が読みやすい。

書体はただのTimes Romanだ。しかも、1974年から刷りつづけているから、わりとつぶれている。結果、全体的に尖った感じがなくなり、印字が薄めになっている。これが意外といいんじゃないか。

手元にある英語の教科書の多くがTimes Romanを本文書体にしているけれど、そのうちのほとんどは黒すぎる。詰めすぎていて、圧迫感があるのだ。ところがこの本にはそれがない。Times Romanは、少し劣化したほうがいいのかもしれない。あるいは、もともとこの書体は活字の劣化を織り込んで設計されていたのだろうか。

2001/2/1
ジーニアス大英和

高校のころ、『ターゲット』(旺文社)という名前の単語帳が流行していた。買わなかった。正解だった。同じく高校のころ、『ジーニアス英和辞典』(大修館書店)という学習英和辞典が人気を博していた。もちろん買わなかった。失敗だった。

『ジーニアス』は語法解説が並の文法書よりもよくできていて、持っていて損のない英和辞典だ。私自身はいちおう『ジーニアス』の電子辞書を持っているが、実のところ電子化が向いているのは『リーダーズ』など解説軽視の辞典であり、語法解説が詳しく文章の長い同辞典は電子辞書には向かない。

その『ジーニアス』に大英和が登場するという。今年4月、『ジーニアス英和大辞典』が刊行されるらしい。実物の版が印刷されたチラシを近所の東西書店で見つけ、1部いただいてきた。1105ページを読む。「jumbo」という語は、アフリカ黒人に崇拝されていた巨大偶像の名(Mumbo Jumbo)から来たのか。ぜんぜん知らなかった。

ちなみに和英辞典は『プログレッシブ和英中辞典』(小学館)が強烈にオススメ。あまりにもアホっぽい水玉模様の箱に騙されてはいけない。そのほか、統計学の本を読むときには『数学英和小事典』(講談社)の助けを借りることが多い。また、『コンサイス外来語辞典』(三省堂)が個性的で楽しいと思う。